「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『AMETORA
-日本がアメリカンスタイルを救った物語』
日本メンズファッションの壮大な歴史
NNAは自動車、電機、機械など「カネヘン」のコンテンツが多いとよく言われるが、アパレル産業など「コロモヘン」も重要なのはいうまでもない。今回ご紹介するのは、日本のファッション業界の歴史を俯瞰的に学ぶのにぴったりな1冊。
著者は1978年生まれで、日本留学歴がある米国人ジャーナリスト。ひとことで言えば、終戦後から現在までの日本のメンズファッションの歴史を詳述した内容だが、長期にわたる模倣や研究の結果、日本におけるアメリカンカジュアルは本家を追い抜くほど発展し、現在の米国人から見ればよく「原型」を保存して、米国に逆輸出するところまで来た、という壮大な物語になっている。(原題のサブタイトルは「How Japan Saved American Style」だが、「日本がアメリカンスタイルを救った」というより「守った」という感じか)。
本書でも指摘しているが、50年代末まで、日本人男性の大半にはカジュアルウエアという概念は存在しなかった。大学生は体育会でなくても常に学生服、社会人は休日もワイシャツにウールのズボンと言った格好で、「男性がファッションに関心を示すのはタブーとされていた」。戦後復興の中で先にオシャレになった女性から見れば、ボーイフレンドやご主人の「野暮ったさ」は大きな問題だった。
そこに革命をもたらしたのは、石津謙介(1911~2005)が創設したファッションブランドVANだった。石津は60年代初めに、米国東海岸の大学生の「アイビー・リーグ」ファッションを本格的に日本に紹介した。彼が普及させようとしたのは、ジャケットにボタンダウンのシャツ、コットンパンツといった、いまから見れば保守的といってもいいくらいのファッションだったのだが、一気に社会現象化したせいで「不良の着るもの」という扱いになり、「アイビー」スタイルで銀座をうろうろしているだけの高校生が補導されたという時代だった。
だが、著者が注目するのは、それからの半世紀に日本人がアメリカンファッションを受容しては発展させることを続けた歴史だ。本書では、80年代のデザイナーズブランドや、竹の子族からユニクロに至るまでの長い長い物語が語られる。岡山の学生服メーカーはジーンズメーカーに転身、現在では国際的評価の高いデザインジーンズを生み、日本生まれのヒップホップ・ブランドが米国で人気になったりもしている。著者は、日本には生け花や武道で師匠の「型」を模倣して基本を学びながら、次第に独自のもの生み出してゆくという文化的伝統があると指摘する。それがファッションの世界でもいかんなく発揮された、というのが彼の見立てだ。「日本が家電製品、半導体、そしてTVゲーム機の分野においてすら優位性を失った今も、デニムはこの国に新たな威信をもたらしている」。
VANの創立者、石津は戦時中、中国・天津で商売をしており、終戦後に進駐して来た米軍人と友人になって、初めて「アイビー・リーグ」という言葉を聞いた、というエピソードも出てくる。帰国した石津は男性向けファッションに的を絞って成功する。日本のファッション革命の種がまかれたのは中国だったというのは不思議な縁を感じる。(文中敬称略)
『AMETORA(アメトラ)日本がアメリカンスタイルを救った物語』
- デーヴィッド・マークス 著/奥田祐士 訳 DU BOOKS
- 2017年9月発行 2,200円+税
【デーヴィッド・マークス】
【本の選者】岩瀬 彰
NNA代表取締役社長。1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年より現職