“強さ”の秘密は国を挙げた戦略にあった
世界が注目、シンガポールの名門大学
シンガポール
英教育誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の「アジア大学ランキング2018」で1位と5位を獲得し、大きな存在感を見せたシンガポールの大学。人口わずか560万人の小国ながら、国際競争力を持つ教育を実現させたのは政府の積極的な取り組み。研究分野や産学連携でも存在感を発揮する2校をクローズアップ。
国際性と高い研究力で3年連続の首位
シンガポール国立大学
医学学校として1905年に設立され、編成を経て総合大学となったシンガポール国立大学(NUS)。世界大学ランキングでも年々順位を上げていて、2018年版では22位をマークするなど、国際的な評価を確立している。現在13学部、4大学院を有し、合わせて約3万8,000人の学生が在籍。うち約3分の1を100カ国・地域以上からの留学生が占めるなど、国際色豊かな教育環境にある。
中でも建国の父、故リー・クアンユー初代首相の名を取った「リー・クアンユー公共政策大学院」は、政治・文化・宗教が多様なアジアの地政学的研究で世界最高レベルの蓄積を誇り、東南アジア諸国連合(ASEAN)やインド、中国をはじめ世界中から官僚、起業家など次世代のリーダーが集う国際的な環境となっている。
日本企業では、三井物産が複数回にわたってNUSに寄付を実施。アジア全域から集まる優秀な人材を確保するのが目的で、寄付金は日本研究科の学生向けの留学基金や日本研究基金の設立などに役立てられている。
大学DATA
潤沢な資金で理工系の研究をリード
南洋理工大学
1955年に華僑教育機関として設立された南洋大学が母体の南洋理工大学(NTU)。現在の編成になったのは1991年。その後、世界トップクラスの研究推進を目的とした国の政策により、2005年に研究重視型の大学へとシフトチェンジした。今年1月より学長は、インド工科大学出身のスブラ・スレッシュ氏が務め、世界各地から優秀な教職員を招聘し、助成金を獲得する競争力を高めている。主な学部は理工学系だが、経営学、自然科学、芸術、人文科学、社会科学の学部でも高い評価を得ている。また、医学部は英インペリアル・カレッジ・ロンドンと提携している。
シンガポール国立教育研究所や、シンガポール地球観測所といった世界トップクラスの独立機関や、南洋環境・水処理研究所(NEWRI)、アジア消費者研究所(ACI)などの世界的な研究所を運営し、NTU成長の原動力としている。
大学DATA
・主な就職先:政府機関、金融機関など
シンガポールの人材育成戦略
国土が東京23区と同程度で、人口が約560万人、さらに資源も乏しい都市国家であるシンガポールは、経済を発展させるためには優秀な人材が必要だった。多様な言語状況を克服し、経済発展に貢献するエリートを無駄なく養成するため、政府は国際語である英語を公用語とする言語政策と、学生の能力に基づいて学習内容の質・量を変える教育制度を実施してきた。
義務教育は、初等教育が6年間と中等教育が4~5年。小学校卒業時に国家試験(PSLE)が実施され、その成績によって中学校の進路(コース)が決まる。最低10年の義務教育が終了した後は、ケンブリッジ普通教育認定試験を経て、高校(ジュニアカレッジ、2~3年)に進学。同試験の成績が優秀ならば地場大学に進めるが、成績が一定水準に届かなければ、専門学校(ポリテクニック)や職業訓練校(ITE)へと進路が分離する。つまり、PSLEやケンブリッジ普通教育認定試験の成績によって、その後の進学のスピードや、受けられる教育の質が異なってくる仕組みとなっている。
近年は専門知識を持った大卒人材の需要増に対応するため、公立大学の進学率の目標を25%から30%に引き上げた。また、名門大学の誘致や公立大学の開校により国内の高等教育機関を充実させるほか、優秀な人材を内外から集めることで、国内の学生全体の質の向上を目指している。さらには、世界のトップクラスの研究者を国内の大学や研究機関に引き入れている。
R&D振興政策と日系企業の産学連携事例
シンガポールには、成長著しいアジア市場を開拓したい大手企業が、先端技術を用いた研究を大学と共同で行う事例も多い。
シンガポールは経済発展のためにかねてから研究開発(R&D)振興に力を注いでいる。1991年には、経済構造の知識集約型経済への転換を図るため、「科学技術5カ年計画」を初めて発表。今の科学技術研究庁(Aスター)の前身となる国家科学技術庁を設置した。
2006年には首相府管轄に政府のR&D支援基金である国家研究基金(NRF)を新設し、大学でのR&D活動の推進を含む国家のR&D5カ年計画を発表した。
現行の2020年までの5カ年計画では、R&D振興のために過去最高となる総額190億Sドル(約1兆5,300億円)を支出すると発表した。
日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部アジア大洋州課の源卓也氏によると、タイやマレーシアなども工業の高付加価値化を目指すようになった近年、シンガポールは単に外資企業を誘致するのではなく、国内のイノベーション活動の促進に資する企業の誘致に力を入れる戦略へと転換。デジタルエコノミーの実現に向け、人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)など最新のIT分野の研究活動や、地場スタートアップとの共同開発を促進し、価値創造型経済を目指している。
パナソニック
シンガポール国立大学とディープラーニング技術を共同で開発した。同技術を応用した顔認証サーバーソフトウエアを2018年8月に発売予定。顔照合性能は従来の最大5倍で、世界最高水準をアピール。斜めに映った顔やサングラスをかけた顔などでも照合可能としている
ウシオ電機
人体に無害な222ナノメートル紫外線による褥瘡(じょくそう=床ずれ)創傷の細菌消毒に世界で初めて成功したと17年11月に発表。ヒトの細胞や組織を損傷せずに細菌などを死滅させる装置をウシオが開発し、シンガポール国立大学病院がそれを用いて褥瘡患者を対象とした研究的臨床を実施した
島津製作所
17年7月にシンガポール国立大学と包括共同研究契約を締結。その一環として、環境センサー技術の実用化に向けた研究開発を開始すると10月に発表した。19年6月末までを研究期間とし、双方合わせて約150万Sドルを投資する計画。20年までの製品化・実用化を目指す
JFEエンジニアリング
16年7月に南洋理工大学と「ガス化溶融炉を用いた共同研究契約」を締結。17年4月には同大から東南アジアで初となるシャフト式ガス化溶融炉の建設工事を受注した。プラント建設後、実証試験段階に入る
日本触媒
南洋理工大学との共同研究の強化を16年12月に発表。これまでも新規医療用ポリマーの開発を目的とした共同研究を行ってきたが、さらに研究員を新たに派遣。17年1月から4年間、総額200万Sドルを投じる
村田製作所
14年~17年にかけて、南洋理工大学が進める「エコキャンパス」事業に参画し、太陽電池などの電源を既存の電力網と連携させて効率よく使えるよう制御するシステムの実証試験を実施。同システムの試験は横浜に続く2カ所目
キッコーマン
05年、シンガポール国立大学の科学部化学科に研究開発拠点「キッコーマン・シンガポールR&Dラボラトリー」を開設。同社にとって、国内外で初めて大学と共同で開設する研究拠点となった。成長著しい東南アジア諸国連合(ASEAN)市場を見据えた拠点に位置付けられている
ヤマトホールディングス
11年8月~14年7月の3年間、シンガポール国立大学と物流システムに関する共同研究を実施。同社が海外の大学と共同研究を行うのは初めて。両者の研究の成果は15年に発行された書籍「TA-Q-BIN」(タッキュービン、英文のみ)を通じて発表されている