【Aのある風景】
お告げの地に導かれ
日本
東武東上線の駅から路線バスで約10分。県道沿いの景色が商業施設や工場から畑に変わり始めるころ、異国情緒にあふれ、竜などの装飾を施したオレンジ色の屋根の建物が、ふいに目前に表れる。埼玉県坂戸市にあるこの施設「聖天宮(せいてんきゅう)」は、道教の最高神格である3人の神「三清道祖」を本尊に祭っている。関帝廟や媽祖廟など日本にある道教の施設の中では最大級の規模という。
聖天宮の建て主は、台湾人の故・康国典氏。1920年代の生まれで、戦後は中国大陸でのビジネスで財を成したが、40代の半ばに大病にかかった。海外のあちこちの病院を訪れても病気は治らなかったが、三清道祖を祭る台北・木柵の指南宮で願掛けをすると完治した。誰でも神のご利益にあやかれる宮を建てたいと考えていたところ、縁もゆかりも全くない、埼玉県の坂戸市のこの場所に宮を建てるよう、神からお告げを授かった。聖天宮の名や、たたずまい、方角なども、全てお告げの通りだという。台湾ではご利益があった際には感謝の気持ちを示すため、廟(小規模な道教の施設)を建てる風習があるが、生家などに設けるのが普通で、海外にこのような大きな施設を建てるのは珍しいそうだ。
異国情緒あふれる聖天宮はコスプレの撮影(要予約)にもよく使われるという。聖天宮へは東武東上線の若葉駅から東武バスで約5分、「戸宮交差点前」で下車。参拝時間は午前10時~午後4時(年中無休)で参拝料金は大人500円、各種割引あり。お土産に、350種類以上のお守りが販売されている
聖天宮は1981年に着工し、95年に完成。着工当時は最寄りの鉄道駅である若葉駅も無く、周辺は雑木林ばかりだった。工事は台湾の一流の宮大工が手掛け、現在も修繕作業には台湾から宮大工を呼ぶというこだわりようだ。建物の随所に施された細やかな彫刻は、眺めているだけでも楽しい。
毎週土曜日は宮の前の広場が太極拳の練習用に提供され、多い時は40人ほどが集まるなど、すっかり地域になじんだ存在になっている。来訪者のほとんどは、珍しい道教の建築物を見たり参拝を体験したりするために訪れる日本人が占める。
お参りでは説明員が案内してくれるため、本格的な台湾式の参拝を体験できる。台北出身で、聖天宮の法師(日本の神社の神主に相当する)を務める康嘉文さんによると、参拝の際のアドバイスは「細やかにお願いすること」。道教の参拝では、まず自己紹介から始まり、それから、現状を具体的に報告する。例えば、仕事でトラブルを抱えているならば、どのような取引先と、どのような仕事をしているのかといった具合に、神様に伝える。
台湾の道教の施設は道教の神と一緒に観音ぼさつも祭られるなど、仏教の要素と習合しているところが多い。聖天宮は、道教の神だけを祭る純粋な道教の宮だ。道教と言うと日本人にはなじみが薄いが、易や風水、老子、陰陽道(おんみょうどう)のように、日本人もその文化に触れてきた。この埼玉に建つ宮で、道教のエッセンスを感じてみてはいかがだろうか。