NNAカンパサール

アジア経済を視る December, 2017, No.35

【特別連載】自動車だけじゃないメキシコ

最終回 欧米系の牙城? 日本には「トラウマ」も

メキシコ

北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉に、トヨタの新工場、自動車部品メーカーの進出――。日本でのメキシコをめぐるニュースは、自動車産業に関わるものが圧倒的に多い。本特集では、現地でビジネスを展開している「非」自動車関連の日系企業を紹介してきたが、自動車分野に比べるとその数は目立たない。市場は欧米系企業の牙城なのか。日本のモノは消費者に受け入れられるのだろうか。連載最後となる今回は、メキシコ市場に詳しい識者の見解などを伝える。(文・写真=大石秋太郎)

グアナフアト市内のケンタッキー・フライドチキン。飲食などのチェーン店は米国系が目立つ

グアナフアト市内のケンタッキー・フライドチキン。飲食などのチェーン店は米国系が目立つ

日系企業が多く進出するグアナフアト州の輸入食材店。日本の調味料などが並ぶ

日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、メキシコの2016年の主要品目輸出額は、自動車・同部品、電気・電子機器、産業用機械機器といった工業製品やその部品が全体の約9割を占める。一次産品が主要なラテンアメリカの国の中で、メキシコは例外的に製造業の輸出を伸ばし、グローバル化を達成してきた。背景にはNAFTAの枠組で生産の労働力を引き受け、製品を北米に輸出してきことがある。メキシコの仕向け地別の輸出額は約80%を米国が占めている。

メキシコが産業国家に衣替えしたことで、特にバヒオ地域と呼ばれる中央高原には日系自動車関連メーカーが多数進出した。円安が続いていた2013年には、マツダとホンダが相次ぎ完成車工場を新設すると発表し、これに続いて多くのティア1、ティア2といったサプライヤーも進出。メキシコといえば自動車という認識が日本で高まったのは、ここ数年のことだ。

このほか日系企業が進出している主な分野はエネルギー産業だ。13〜14年にかけては、憲法の改正をともなうエネルギー改革が推進され、開発から流通まで外資も参入できるようになり、総合商社などには政府調達向けのビジネスが広がった。

しかし、自動車や資源以外の分野で日本企業の進出はあまり目立たない。約1億3,000万人と日本とほぼ同じ規模の人口を抱え、NAFTAなどを通じて周辺国市場へ無関税でアクセスできるビジネス環境もあるのに、なぜだろうか。

グアナフアト州シラオ市内の商業施設。周辺には日系企業の工場が多く、日本料理店や輸入食材店が入居する

「日本企業には、1980年代初頭に起きたメキシコ対外債務危機によるトラウマがあるのではないか」。81年にジェトロのアジア経済研究所に入所し、現在までラテンアメリカ経済を30年にわたって調査・研究してきた星野妙子氏はこう分析する。

対外債務危機では、それまでメキシコに進出していた日系企業が撤退することが多かった。それ以来、日本の企業にラテンアメリカ担当という人材も育たなくなった。またちょうどその頃、日本の周辺では台湾や韓国が台頭し、企業の投資はアジアへ向かい始めていた。その後、メキシコやその周辺では94年の通貨危機「テキーラショック」、2000年のブラジルの通貨レアルの暴落、08年の米国発のリーマンショックと、悪いニュースが目立った。ラテンアメリカは、不安定で危機が数年に一度訪れるというイメージがついてしまった。日本企業の関心は、新興工業経済地域(NIES)の後に台頭した東南アジアや中国に移っていった。

1990年以降のメキシコでは、海外から原材料や部品などを無関税で輸入できる制度「マキラドーラ」を通じ、日本企業は米国との国境沿いに家電やITがまた進出したが、価格競争力のある韓国メーカーなどとの競争の激化を受け、撤退や採算の合わない製造ラインの自動車向けへの切り替えが進み、「家電分野で日本企業の存在感は失われてしまった」(メキシコの在レオン日本国総領事館関係者)。

一方で技術やブランド力で競争力を持っている自動車分野では、メキシコでの存在感を高めていった。完成車メーカーが進出することで、部品メーカーにとってもメキシコはビジネスがある国となった。

非自動車分野での進出事例が少ないことの背景には、「メキシコでのトラウマ」のほか、日本からの距離が遠いこと、中間層が育ちにくいことなど、いくつかの要因が考えられるが、アジア経済研究所の星野氏は「ラテンアメリカは欧米資本の勢力圏であり、日本は市場開拓のノウハウが無いことも要因だ」と指摘する。

医療・介護用ベッド大手のパラマウントベッドは、地場メーカーが手掛けていない自動ベッドを、欧米メーカーよりも低い価格で販売することで、市場開拓を進めているが、星野氏によると、なかなかうまくいかない日本の医療機器メーカーもあった。その原因には、メキシコの医師の留学先のほとんどが欧米であり、使い慣れた機械のほとんどが欧米メーカーの製品だったという背景があるためという。

食品や外食産業も、ここ数年は日本食ブームが起こっているとはいえ、日本のラーメン店がどんどん直営で進出するようなアジアとはやはり文化的風土が異なる。

星野氏は「もし日本のモノを展開するなら、日系企業が多く集まるグアナフアト州や首都のメキシコ市などが始めやすいだろう」とみる。実際、グアナフアト州では、日本を中心としたアジアからの輸入食品店や、日系工場向けに弁当を配達するビジネスが盛んだ。もともと日本料理店を経営していた日本人や、日本で生活経験のあるメキシコ人などが起業し、繁盛しているという。11年に現地法人を設立し、メキシコ市を中心に直営で11店を開いているゼンショーホールディングスの「すき家」も、グアナフアト州で冷凍牛肉を配達する事業を展開。日系企業が多いケレタロ州では16年7月に店舗をオープンしている。

プラスチック製品など日本製の日用品はメキシコで人気が高い

「マルちゃん」ブランドで知られ、メキシコでロングセラーとなっている東洋水産のカップラーメンは、商品が受け入れやすい「スープ」として売れる素地があった。

このほか日本の製品ということであれば、100円均一ショップがメキシコ市やバヒオ地域で人気だ。メキシコには石化産業がなくプラスチック製品の値段が高いが、日本のタッパーやペンケースといったプラスチック製の日用品は低価格で品質も高いためだという。決して、現地で日本のモノが受け入れられないというわけではない。

自動車メーカーやそのサプライヤーが相次ぎ日本から進出したことや、米国でトランプ政権が誕生したことで、日本でのメキシコの注目度はこれまでにないほど高まった。在レオン日本国総領事館関係者は、「日本人向けのメキシコの生活ガイドの本など、情報がかなり豊かになった。個人を含め、メキシコで起業しようとする動きは今後増えてくるのでは」と予想している。

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