【特別連載】自動車だけじゃないメキシコ
第4回 中南米事業を統括
パラマウントベッド
メキシコ
医療用・介護用ベッドの日本国内市場でトップシェアを誇るパラマウントベッド。海外では、アジアや中南米を今後の成長市場と位置付け、展開を加速している。メキシコでは、日本で築き上げてきたノウハウとサービスを武器に、先行する欧米や地場のメーカーに挑む。(文=大石秋太郎)
パラマウントベッドがメキシコで生産している電動ベッド(同社提供)
1995年のインドネシア現地法人の設立を皮切りに、アジアを中心に海外に進出してきたパラマウントベッド。同社の野崎昭彦・国際事業本部長によると、メキシコには、人口の増加が続き中南米でブラジルに次ぐ市場を持つことから進出を決定。2013年に首都メキシコ市で現地法人「パラマウントベッド・メキシコ」を設立した。資本金は370万米ドル(約4億1,600万円)で、従業員は現在、工場勤務を含め約30人体制。
メキシコ法人はメキシコ国内のほか、ブラジルを除く中南米での医療用ベッドの製造・販売を統括する。今年9月に開所式を開いたばかりの組み立て工場は、メキシコ市から自動車で2時間半ほどの距離で北にあるケレタロ州に設けた。
メーカーのメキシコ進出というと、製造コストの低い同国で生産し、市場の大きな北米にゼロ関税で輸出するビジネスモデルを想像するが、パラマウントベッドは当面、中南米市場で足場を固める方針という。
メキシコには従来、インドネシアの工場から医療用ベッドを輸入し、納入してきた実績があった。メキシコ全域の地区ごとに代理店による販売網も構築しているが、本格進出してからは、ベッドのデモンストレーション販売やアフターサービスで、パラマウントベッド・メキシコの担当者が客先に出向けるようになった。コロンビアやチリ、ペルーの代理店にもメキシコから営業担当者を配置し、各国で販売を強化している。
ベッドは現状の4倍必要
メキシコでは医療用ベッドが不足している。野崎本部長は数年前にメキシコを訪れた際に、その現状を目の当たりにした。公立病院の外には長蛇の列ができ、院内に入っても、搬送用のストレッチャーに2~3日間寝かされている人もいたという。
メキシコの公立と民間を合わせた病院のベッド数は現在、約12万3,000床で、人口1,000人当たりでは約1床となる。野崎本部長によると、世界保健機関(WHO)が推奨する1,000人当たりの病床数は4床で、少なくともこの水準に引き上げるには現状のさらに4倍のベッドをメキシコで増やす必要がある。
また、現地の病院では腰痛に悩む看護師が多いことから、看護効率の高い電動式のベッドの需要が増えている。メキシコでは、手動式のベッドのみを生産する地場企業5社のほか、電動ベッドなどハイクラスの製品を手掛ける米国と欧州の企業それぞれ2社が展開。パラマウントベッドは、市場が大きいミドル~ロークラスの価格帯で電動ベッドを投入しつつ、欧米系メーカーが手薄となっている保守点検などのサービスに力を入れ、市場を開拓していく狙いだ。
ケレタロの工場では、パラマウントベッドが海外で展開している汎用(はんよう)性の高い電動ベッドを生産している。病床数が足りない新興国向けで、日本で生産しているモデルよりも小型だ。またメキシコでは、起き上がりや立ち上がり、車椅子への移乗動作の補助を目的とした手すり「アシストバー」を取り付けている。アシストバーのついたモデルは欧米メーカー製のベッドには少ないため、差別化につながる。
「アシストバーは『日本的』な仕様だが、ベッドのボトム面の高さを低くするのと同様、転倒・転落を防ぐという考えは世界中の病院で通用する普遍的なコンセプトだ。メキシコでは、こうした安全面をPRしていきたい」(野崎本部長)
ケレタロの工場で生産を始めたのは4モーターの電動ベッドだが、今後は需要を見て、3モーターの電動ベッドや手動ベッド、ストレッチャーなど生産品目を増やしていきたい考えだ。
日系集積が追い風に
メキシコに工場を開設したのは、現地の公立病院の入札では国産のベッドが参加条件となるケースが多いことが分かってきたためだ。初めは国際入札しか参加できなかったが、現地生産を始めてからはFTA(自由貿易協定)入札やローカルメーカーを対象とした入札にも参加できるようになった。
周辺国に納入する際にも現地生産はメリットになる。メキシコで生産したベッドを輸出する場合、中南米の経済圏「太平洋同盟」の協定によってコロンビアとチリ向けはゼロ関税となり、他諸国向けも関税が安くなる。
メキシコに進出する1,000社を超える日系企業の約9割は自動車関連のため、自動車以外の企業が工場を建設したことは、現地で注目された。ケレタロ州政府のPRもあり、現地で取材を受けてからは引き合いが増え、知名度の向上にもつながったそうだ。
メキシコに自動車関連の日系メーカーが既に多く進出していることは、パラマウントベッドにとって追い風になった。現地の日系メーカーから部材を調達しやすいことは、同社がケレタロ州に工場を建設した主な理由の一つとなった。
ベッドのフレームに使う鉄や、柵の部分の樹脂、マットレス用の布などは自動車産業のものと共通するため、現地で調達できる。現在、パラマウントベッドの現地調達率は60%以上に達しているという。
ケレタロ工場の生産台数は、初年度で2,000台を見込む。来年にはコロンビア、チリ、ペルー、ブラジルへの輸出向けもメキシコで生産し、中期的には年産5,000台の規模に拡大することを目指す。
アジアにないビジネスも
メキシコでは将来的に、介護向けベッドの取り扱いも視野に入れる。日本には介護保険があり、介護用ベッドが普及した背景から、医療用ベッドと介護用ベッドの両方を手掛けてきたことがパラマウントベッドの強みとなった。日本の高齢化率が25%以上なのに対し、メキシコは6.5%程度と今後の商機は大きい。
また中南米ではベッドの製造・販売に加え、アフターサービスの市場も狙っていく。中南米は北米の影響を受け、有料の保守・点検サービスが浸透しており、パラマウントベッドも昨年、ブラジルでアフターサービスを行う契約を病院と交わしている。軌道に乗れば、同社にとっては新しいビジネスとなる。
パラマウントベッドは現時点の中南米での事業規模は公表していないが、2020年の同地域での年商は25億円を目指している。