NNAカンパサール

アジア経済を視る November, 2017, No.34

【アジア取材ノート】

コンテナ飲み屋街、夜空に乾杯の声響く

カンボジア

コンテナ飲み屋街で楽しむプノンペンっ子=プノンペン

コンテナ飲み屋街で楽しむプノンペンっ子=プノンペン

カンボジアの首都プノンペン。コンテナ飲み屋街で二階に続く狭くて急な階段を上りきると、東京・下町の飲み屋街のような雑然とした光景が広がっていた。集積した飲み屋の看板が放つネオンの光の中に人混みができ、あちこちで大音量の音楽が鳴り、若者たちの「チョルモイ!」(クメール語で乾杯の意)の声が夜空に響きわたる。(竹内悠=取材・写真)

首都の在カンボジア・ロシア大使館近くに誕生した国内初の地元民向け飲み屋街は活況を呈している。コンテナを改装した店舗には飲食店を中心に約250のテナントが軒を連ね、2017年3月の開業から約6カ月で週末には1日当たり1万~1万2,000人が、平日は5,000~6,000人が訪れている。

首都に外国人が遊べる場所は多いが、地元の若者が気軽に集まって飲める場所は少ない。最低賃金の上昇や経済発展などで可処分所得が増える中、若者向けの新たな「夜遊びスポット」として人気を博している。

ジェッツ・グループが開発したコンテナ飲み屋街=プノンペン

「ライブバンドやお酒、食べ物も豊富で、友達と出掛けるのに最高の場所だよ」。週5回は訪れるというメークアップアーティストのオム・サムバス・マカラさん(27)は9月のある夜、友達6人とほろ酔い気分で楽しくお酒を飲んでいた。

1回の消費額は約20米ドル(約2,200円)。数軒の飲み屋をはしごし、帰宅は深夜になることが多い。以前は道路のそばにある屋台に集まっていたが、料理などの選択肢が少なかった。だが、コンテナ飲み屋街は違う。「来るたびに違う店を回っているけど、回りきれないくらい多い」。

ナイトスポットとして定着

コンテナ飲み屋街を仕掛けたのは、不動産や農業、飲食などを手掛けるジェッツ・グループだ。スレイ・チャンソーン会長は10代のころから働き始め、ビジネスを拡大してきた。海外出張も多く、コンテナ型の飲食街に関心を持った。

「プノンペンは経済成長で可処分所得が増えた地元の若者が多いのに、娯楽が集まった遊べる場所は少ない」。スレイ・チャンソーン会長は現状を分析し、コンテナ飲み屋街の開発に乗り出した。

初期投資として40万米ドルを投じ、在カンボジア・ロシア大使館からほど近い場所に約1万平方メートルの土地を確保。構想から2カ月、着工から3カ月でコンテナ飲み屋街は開業した。8月には50万米ドルを追加投資して約3,000平方メートル分を拡張し、テナントを増やしている。

開業からわずか約6カ月で、流行感度の高い10~20代の若者の間で火が付き、人気のナイトスポットとして定着した。経済成長の恩恵が大きいプノンペンで勃興しつつある月収500~600米ドル程度の新中間所得層の受け皿になっている。

新スポットが誕生するまで、数十件の飲み屋が連なった場所は、欧米人旅行者が多く宿泊するプノンペン中心部東側の川沿いや中心部の一画などに限られていた。いずれも外国人をターゲットにしているため地元民にとっては高めの料金で、プノンペンっ子の若者が気軽に集まり、飲み屋をはしごできるような場所は少なかった。

飲み屋街を建設するのに使用したコンテナは、拡張分も含め約120本。飲食店や衣料品など複数のゾーンに分け、若者から家族連れまで、みんなが楽しめるように工夫した。バンドの生演奏や有名人を招いたイベントなども開催している。

テナントの賃料は月300~500米ドルに抑えた。ジェッツの収入は賃料が大半を占め、毎月約8万5,000米ドルに上る。一方、光熱費やごみ回収、セキュリティーにかかる費用が収入の3割に相当する。

アットホームな雰囲気

コンテナ飲み屋街の飲食店で乾杯する若者たち=プノンペン

夕方から明け方まで営業していることも受け入れられた要因の一つだ。午前1時を回るころ、コンテナ飲み屋街はアットホームな雰囲気に変わる。音楽に合わせて千鳥足で踊る人、コンクリートの床の上で横になる人――。飲み会で終電を逃した日本の若者たちとなんら変わりない光景がそこにはある。

別の場所では、若手アーティストがしっとりとしたメロディーの歌の弾き語りをしている。飲み屋のテーブル席から歌に聞き入る酔客。「週末の夜がいつまでも明けないでほしい」と望んでいるような表情を浮かべる者もいる。

だが、どんなに長く、楽しい夜も終わらないことはない。テーブルの上には空のビール瓶、床には食べ物の容器などが散らかり放題だが、やがてそれらもきれいに片付けられ、徐々にシャッターが閉められていく。不思議な磁力を持ったコンテナ飲み屋街は、きょうもまた若者たちを引き寄せる。

「大人の夜」を演出

ジェッツ・グループのスレイ・チャンソーン会長=プノンペン(NNA撮影)

カンボジア初のコンテナ飲み屋街を開発したジェッツの成功を目の当たりにし、同様のコンセプトで飲み屋街を整備する動きが出ている。首都北部でも20代の若者が9月に開業させた。ジェッツのスレイ・チャンソーン会長によると、同社をまねたコンテナ飲み屋街の計画は10件ほどあるという。

こうした状況を踏まえ、ジェッツは次の一手も打っている。「日本カンボジア友好橋」(クロイ・チェンバー橋)近くの土地7,000平方メートル、ダイヤモンド島近くの土地5,000平方メートルを活用し、移動式バスとコンテナを組み合わせた新たな飲み屋街を開発する計画だ。

投資額は計90万米ドルで、上位中間層をターゲットにしたおしゃれな飲食店を集める。米国のクラシックカーなども並べて「ゆったりとした大人の夜」を演出したい考えだ。既存のコンテナ飲み屋街は外国人の比率が20%にとどまっているため、消費額が多い層を開拓したいとの狙いもある。来年2月までの開業を目指している。

既存のコンテナ飲み屋街もサービス向上に余念がない。入居テナントとは毎月会合を開き、ジェッツが定めた規則や料金設定、食材の質が守られているかなどを確認している。

スレイ・チャンソーン会長には「消費者は常に『新しい』体験を求めている」との考えがある。成功すればすぐにコンセプトはまねされるが、最初の企業になり続けることができれば、生き残ることができると強調する。

「既存のコンテナ飲み屋街はこれからも進化させていく」と語るスレイ・チャンソーン会長。飽きさせない事業展開で、コンテナ飲み屋街の人気はまだまだ続きそうだ。

出版物

各種ログイン