新エネ車市場を攻略せよ
台湾の新興メーカー
英国とフランスは2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止すると相次ぎ発表した。中国はメーカーに対して電気自動車(EV)など「新エネルギー車」の製造や輸入を18年以降に義務づける方針を示している。世界的に自動車産業が環境配慮型にシフトするのを機に、従来のバリューチェーンにとらわれず新たに市場に参入する動きが出てきた。電子産業が集積する台湾から新興メーカーの事例を追った。(取材・NNA台湾編集部)
サンダーパワーの沈CEOと8月に台北で発表された「サンダーパワー・セダン」(NNA撮影)
中国・欧州市場に照準 会計士が創業のサンダーパワー
台北市で8月、「台湾発の新たなEVブランド」として注目される「サンダーパワー・セダン」がお披露目された。発表したのは、本社を香港に置く多国籍ベンチャーの昶イ(イ=さんずいに有、サンダーパワー)だ。同社は、台湾の投資会社である淳紳が筆頭株主(37%出資)となっている。
サンダーパワーと淳紳の最高経営責任者(CEO)を兼任する沈イ(イ=王へんに韋)氏は異色の経歴の持ち主だ。蒋経国元総統の秘書を父に持ち、自身は米国と香港の会計士資格を保有する。大手会計事務所KPMGの共同経営者を務め、中国の自動車産業への投資を通じて、自動車とEVへの認識を深めた。EVが今後の自動車産業の核になると確信した沈氏は約10年前からEVの研究開発に着手し、人材を集めると同時に自動車に関する関連特許の取得にも動きだした。
11年に沈氏はモーターや電動工具などを手掛ける地場の上場企業に出資し、その事業を自ら継承する形でEVメーカー「サンダーパワー」へと転換させた。
サンダーパワー・セダンのバッテリー容量は125キロワット時(kWh)で、フル充電1回当たり最長650キロメートルを走行でき、EV世界大手、米テスラの旗艦車種「モデルS」の430キロを50%以上上回る。沈氏は「香港では400キロで十分だが、広大な中国ではより長い航続距離が求められる」と述べ、中国市場を意識していることを強調した。現在、香港と台湾で先行予約を受け付け、台湾での価格は245万台湾元(約900万円)。納車は19年1〜3月となる見通しだ。
沈氏は「EVは時代のすう勢。まず中国と欧州市場で確実に顧客をつかむ」と意気込む。マーケティングを統括するクリストファー・ニコル氏によると、販売拠点は21年までに中国で100カ所、23年までに欧州で50カ所を設ける予定。ニコル氏は中国について「世界最大のEV市場で、政府もEVの普及に向けてメーカーに各種の助成を行うなど発展に意欲的だ」と語る。欧州についても、各国政府が普及に注力しているほか、世界のEV市場に占めるシェアが15年の1%から25年に30%まで拡大するとして、中国と並ぶ有望市場とみている。
サンダーパワーが目指すのは、世界のどの国や地域でも受け入れられる車だ。EVの電池管理システム、熱管理システム、シャシーなど主要技術で既に90件超の特許を取得し、ほか250件が申請中だという。基幹部品や材料の研究開発は全て、イタリアの拠点で行っている。欧州の自動車メーカーで実績を持つ技術者を引き入れ、オーストリアのパワートレイン・エンジニアリング大手AVLや独ボッシュ、イタリアのレーシングカーコンストラクターのダラーラなどとも提携。薄型の車載用電池パックと一体化したシャシーを使うことで、柔軟なデザインを生み出した。15年に開かれた世界最大規模のモーターショー、独フランクフルトモーターショーでは、プロトタイプのセダンを初出展し、デザイン関連など2つの賞を受賞している。
製造拠点は中国と欧州、台湾にそれぞれ設ける予定で、中国では江西省カン州(カン=章に夂と貢)に初の工場が完成し、欧州はスペイン北東部のカタルーニャ州で、台湾は北部の桃園市でそれぞれ用地を取得した。いずれもサンダーパワーの投資計画を地元政府が強く後押ししている点が共通する。
地方政府が後押し
ニコル氏は、「江西省は地元政府の支援があり、当局と目指す方向が一致したため設置を決めた」と説明した。江西工場の投資総額は75億3,000万人民元(約1,240億円)で、16年12月に敷地面積5,400平方メートルの工場が完成した。スポーツ多目的車(SUV)タイプのEVの量産を18年末から19年第1四半期(1〜3月)の間に開始する計画で、稼働当初の年産台数は10万台となる予定。
カタルーニャ州も進出に協力的で、関連人材も集めやすいことが理由という。工場の規模や投資額の詳細は明らかにしていないが、20年末までの量産開始を予定し、年産5万台を目指す。
台湾では、今年7月末に桃園市とEV工場建設に関する意向書を取り交わした。同市は台湾の空の玄関口である台湾桃園国際空港が立地し、工業地帯も抱える。サンダーパワーは同市にリチウムイオン電池のモジュール工場と、中国などから主要部品を輸入して完成車に組み立てるノックダウン方式の完成車工場を設ける計画。生産開始はカタルーニャ工場の稼働後になるとみている。
沈氏は台湾について、環境意識が高まっている上、都市部の人口密度が高く、世界水準のハイテク企業を擁していることを挙げ、「EVが発展する余地は高い」と強調。「台湾をアジアの重要な生産・販売拠点に位置付けている」と語った。(取材・畠沢優子)
電動バイクシェア7割のゴゴロ 独仏でシェアリング事業も
台湾の環境配慮型の車両といえば、2011年創業のベンチャー企業、睿能創意(ゴゴロ)が展開する電動スクーター「ゴゴロ・スマートスクーター」の成功を語らずにはいられない。
台湾では、自動車大手の中華汽車が10年に電動二輪車を発売して同市場の最大シェアを占めていた。ゴゴロのスマートスクーターが一般向けに納入されたのはそれから5年後の15年7月だったが、発売翌月には販売台数(ナンバープレート登録ベース)が433台と中華汽車の273台を一気に上回った。17年7月末現在、台湾の電動二輪車市場におけるゴゴロのシェアは85.1%に達し、ガソリン車を含む台湾二輪車市場でもブランド別4位に躍り出た。8月には販売台数が単月ベースで過去最高の4,753台に上った。
ゴゴロ・スマートスクーターは、本体に125ccエンジンに相当する電動モーターを搭載し、起動から4.2秒で時速約50キロメートルまで加速することを売りにする。ただ、同スクーターが急速に市場シェアを伸ばした鍵は、車体とリチウムイオン電池を切り分けたビジネスモデルだろう。電動二輪車の高コスト要因となっているリチウムイオン電池を所有せず定額レンタル制にし、各地に設けられた電池交換スタンドで24時間、充電済み電池を何度でも交換できるシステムを世界に先駆けて導入。電池交換スタンドはコンビニエンスストアやスーパー、ガソリンスタンド、公共交通機関の駅付近などに設置され、台湾での設置数は今年に入って300カ所に達した。
スマートフォンと連携した機能も特徴だ。電池交換スタンドの位置や電池残量、走行距離などのデータをクラウド経由で確認できるほか、専用のアプリを使って車両の起動やメットインスペースの解錠、クラクション音の設定などを操作できる。
ゴゴロは海外展開も積極的だ。16年8月には独ベルリン、17年6月には仏パリで、それぞれスマートスクーターのシェアリングサービスを開始。いずれも独自動車部品大手ロバート・ボッシュ傘下のスタートアップ企業と協力している。今後は、東南アジアとインドの計6カ国を新たなターゲット市場として海外事業を拡大する方針を示している。
ゴゴロの創業者は、香港出身、米国育ちの陸学森氏。米国で設計を学んだ後、米マイクロソフトの据え置き型ゲーム機「Xボックス」や台湾HTCのスマートフォンの開発などに携わった経歴を持つ。台湾の経済誌「今周刊」によると、陸氏は台湾に居住してからは、多くの市民が排ガスを放出するスクーターに乗っている現状を解決すべき問題と捉えるようになった。環境に配慮した電動バイクを走らせるためにエネルギー供給網の構築が必要だと考え、ゴゴロの電池交換スタンドのビジネスモデルにつながった。
ゴゴロは、設計から製造まで全工程を自社で手掛けている。また、ほぼ全ての部品に台湾製を採用し、桃園市の工場で製造。電池は現在、パナソニック製を使っているが、台湾内での開発・量産も目指している。
陸氏は電子産業の集積した台湾について「世界で最もイノベーションを起こしやすい場所」と語る。最終的な夢は台湾を新エネルギーによる供給網の主要な担い手とすることで、ガソリンが主要となっている世界の輸送機器を変えたいと意気込んでいる。(取材・田中淳)