縫製業に吹く 産業革命の風
日本から韓国、中国、そしてアジア新興国へ─。豊富で安い労働力を求めて生産地が移ってきたアパレル縫製業。ここにも、「産業革命」を感じさせる風が吹き始めている。
3年に一度開かれるアパレル機器の見本市「JIAM」に出展したJUKIのブース。同社が提唱する「スマートファクトリー」のコンセプトを紹介した(同社提供)
工業用ミシン世界最大手のJUKIは昨年、大阪で開かれた「国際アパレル機器&繊維産業見本市」(JIAM)にポロシャツの縫製ラインを展示した。コンセプトは、最先端のミシンや自動機を導入して生産性を向上させた「スマートファクトリー」。従来、13人ほどの人手がかかるところを、4人でポロシャツ1着を作る工程を実演した。1着を仕上げるのにかかる時間はわずか2〜3分という。
JUKI・スマートソーイング研究所の中村宏所長によると、同社が提唱するスマートファクトリーは、デジタル化と自動化、システム化の3要素から成る。
デジタル化を実現する設備として、同社は昨年、本縫いデジタルミシン「DDL-9000C」を発売した。通常のアナログ制御のミシンでは、糸調子や針のピッチ、押さえ圧力などの数値を一人一人がネジを締めて設定していたが、デジタルミシンではこれらを数値で制御し、複数のモーターを使って動かすことができる。このため、生地の素材ごとに必要な制御情報をあらかじめ設定しておけば、どのミシンでも同じ条件で縫うことができ、再現性の向上につながる。
自動化では人を大幅に削減することも可能だが、自動化の度合いは衣類の組み方や自動機をどれだけ導入できるかによって変わってくる。ポロシャツやジーンズ、Yシャツは比較的、自動化率が高いが、工程の中でも組み立ては今のところ人手に頼らざるを得ない状況だ。
システム化では、ミシンなどの設備をインターネットでつなげる。これにより、作業者ごとのミシンの稼働状況をデータとして可視化し、作業や工程の改善につなげることができる。
マスカスタマイゼーションも
スマートファクトリーでは、衣料を1着縫い終わった後すぐに縫い条件をデジタルで変更することで、1着ごとに異なる衣類も作ることが可能だ。さらに、工場と店舗(消費者側)がネットワークでつながれば、一人一人の顧客の需要に合わせた製品を短いリードタイムで柔軟に作ることができる。「最終的には、マスカスタマイゼーション(個別大量生産)の実現を目指すべきだ」(中村所長)。
JUKIはこれまでも、取引先の工場の生産性向上に向けた提案を行ってきた。ただ、デジタル化と自動化、システム化の3要素を備えたスマートファクトリーの構築にはコストがかかるほか、少人数・多能化するために作業者の技術を上げる必要も出てくるため、国内での導入実績はまだない。現在、本格的なスマートファクトリーの実証試験は中国メーカーの自動車用シートの縫製工場で進んでいるそうだ。
移転する生産拠点
アパレル縫製産業では、中国よりも人件費が安いアジア新興国に生産拠点を移転する動きが続いている。JUKIの工業用ミシンの地域別売上高に中国が占める比率は、2011年の38%から16年には16%に縮小した。一方、アジア新興国の売上高比率は11年の36%から16年に57%に拡大した。
ただ、中村所長は「当社が発表しているのはあくまでも一定期間に流動するフローのデータで、中国の衣料品の生産数量はまだまだ大きい」と指摘する。また、中国は国内生産を残すために国を挙げて自動化などの生産性向上に力を入れているほか、衣料品の最大の消費国でもあるため、今後も主要な衣料品の生産地であり続けるとみている。
アジア全体でスマートファクトリーのように生産性を大幅に引き上げる動きが広まれば、カンボジアのような新興国で作るメリットは薄れていくのだろうか。中村所長は「人件費を削るために自動化するにも相当高いコストがかかる。カンボジアの縫製業がなくなるといったことはないだろう」と予測している。仮に今後、こうした国でスマートファクトリー化が進んだとしても、自動化など設備投資とのバランスを取りつつ、これまでのようにコストの低い国に拠点がつくられていくとの見方だ。
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産業縮小もより複雑な製品へ軸足
人件費が急上昇する中、マレーシアのアパレルメーカーは、それまでに蓄積してきた縫製工の技能を生かし、ベーシックな製品から、付加価値のある複雑な製品の生産へとかじを切り始めている。YKKの現地法人、YKKマレーシアの小川恵一マネジング・ディレクター(MD)は、「チェーンストア向けから専門店向けへの変化」と説明する。例えば世界的なスポーツ用品ブランド製品でも、郊外のモールに出店するチェーンストア衣料店に並ぶ製品と、大都市の一等地に設けた直営店舗に並ぶ製品では、価格だけでなく縫製や素材に違いがある。現在、チェーンストア向けアパレル製品の生産は中国やベトナム、カンボジアなどが担い、専門店向け製品の生産に、マレーシアは移行している。
小川MDは、マレーシアのアパレル産業の規模について、今後は横ばい、あるいは縮小するとみているが、「顧客の声が聞こえる場所で事業を続けることが重要」と強調した。
同社は新たな需要、商機獲得にも積極的だ。小川MDは、開拓を目指す分野に「ムスリム・ファッション」と「自動車」を挙げている。イスラム教徒(ムスリム)の女性の衣装はゆったりしたものが多いが、機能性と装飾性を追求し、ファスナーを使ったデザインが増えている。また、ファスナーは自動車のシートや部品の取り付けにも活用される。国民車メーカーを持つマレーシアは、自動車産業の裾野が広く、開拓の余地が大きい。
(マレーシア 2017年2月14日付「産業構造の変化にも多様性で対応 YKKマレーシアの地場戦略」より)
ブラザー工業などハイテクの出展目立つ
繊維や衣料品関連の国際展示会「サイゴンテックス2017」が4月、ホーチミン市で開催された。人件費の高騰などから、地場や在ベトナム企業は自社の競争力を高めることが急務となっており、生産効率の向上に不可欠なハイテク機械の売り込みが目立った。
ブラザー工業は、工業用ミシン「ネクシオ」シリーズなどを展示した。同商品はモノのインターネット(IoT)を活用し、作業工程の自動化や生産ラインの見える化を行うことを見据えた次世代の縫製機器で、既に販売を開始している。ミシンに搭載されたタッチパネル式の液晶画面を操作すると、縫製パターンなどを簡単に設定できる。またUSBポートを備えていて、ミシン間での設定データのコピーやソフトウエアの更新も可能になった。
ブラザーの販売会社の担当者は、「ベトナムでも縫製業界の人件費が既に高くなっており、生産性の向上は課題になっている」と話した。
検針機で世界シェア7割を占めるハシマの現地法人、ハシマベトナムは、自動裁断機などを展示した。ベトナムでのハイテク機械への需要の高まりは、労働賃金の低いところへ生産拠点を移してきたアパレル業界が、ベトナムで腰を据える姿勢の裏返しでもあるという。ハシマベトナム営業責任者の大塚俊輔氏は、「(生産拠点の)ラストフロンティアと言われるアフリカに拠点を移転しても、アジア市場から遠くなり、商品の入れ替わりが1週間から1カ月単位のファストファッション業界などには物流面で対応できなくなる恐れがあるためだ」と説明した。
(ベトナム 17年4月7日付「繊維業界、ハイテクに商機人件費の上昇で生産性向上に着目」より)
縫製品輸出、1〜6月は4%増
カンボジアの今年1〜6月の縫製品の輸出量は、前年同期比4%増にとどまり、政府や業界の予想を下回った。縫製業界への外資による投資も同期に30%落ち込んだ。
カンボジア中央銀行の報告書で明らかになった。1〜6月の輸出量の増加率は前年同期の9%から大きく減速。米国向けの需要減退が目立つ。ベトナムやミャンマーとの競争が激しい上、カンボジアは法定最低賃金の上昇で他国に対する優位性が失われている。
今年1〜6月の縫製品輸出全体の約67%を欧米向けが占めた。開発途上国として税優遇措置が与えられているため割合が大きいが、16年1〜6月の75%からは低下した。
カンボジア中銀は、同国が将来「低中所得国」のカテゴリーから外れ、税優遇措置が縮小することを懸念。事業環境は今後さらに厳しくなると指摘している。
長期成長戦略、政府が策定に着手
こうした状況を受け、カンボジア政府は、2025年までに高付加価値の縫製品・履物類生産量を現在比で50%引き上げる方針だ。財務経済省が国際労働機関(ILO)や業界と協力し、目標達成に向けた「18〜25年戦略計画」の策定作業に入った。計画の草案には、業界が直面する課題などが列挙され、生産コスト上昇や労使関係改善、生産性向上と生産能力拡大などに取り組む必要性が指摘された。
(カンボジア 17年7月25日付「縫製品輸出、1〜6月は4%増に減速」、8月2日付「縫製業の長期成長戦略、政府が策定に着手」より)