NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2017, No.33

GE流 進化するカイゼン現場

モノのインターネット(IoT)などをキーワードに、ものづくりの在り方を変えようとする動きが、先進工業国を中心に活発になっている。日本が得意とする「カイゼン」の現場や、アジアのものづくりはどう変わっていくのだろうか。米ゼネラル・エレクトリック(GE)グループの工場を訪ね、製造業の未来を占うヒントを探った。

GEヘルスケア・ジャパンのCTスキャナーの組み立てライン。ドーナツ型の架台にさまざまな部品を組み込んでいく(NNA撮影)

GEヘルスケア・ジャパンのCTスキャナーの組み立てライン。ドーナツ型の架台にさまざまな部品を組み込んでいく(NNA撮影)

産業革命の新たな波「インダストリアル・インターネット」を提唱するGEグループで、日本での医療機器の製造を担うGEヘルスケア・ジャパン(東京都日野市)。「当社の工場を視察したお客様からは、『うちでもデジタル化する勇気が出た』とよく言われます」と、ブリリアントファクトリー・プロジェクト長を務める田村咲耶氏は笑って話す。工場のデジタル化というと、ロボットなど最新機器の導入といった、ハードルが高いイメージがあるが、同社の工場は一見、どこにでもある普通の工場だからだ。

工場内に設けられたモニターに向き合う田村氏。モニターには、製造ラインのセンサーから吸い上げられたデータが箱ひげ図などで表示され、作業にかかる時間や進行状況などを確認できる(NNA撮影)

GEヘルスケア・ジャパンでは、インダストリアル・インターネットの実現を目指して工場のデジタル化を進めてきた。例えば、CT(コンピュータ断層撮影)スキャナー向けで、X線チューブなどを収めるドーナツ状の「ガントリ」(架台)の組み立てライン。ガントリに取り付ける多くの部品を載せたカートにはRFID(非接触認証)の端末が取り付けられ、カートを引き出したり、工程を終えて返却位置に戻したりすると、センサーが反応して使用した時間を記録する。これにより、作業時間を計るためにストップウオッチを使う労力が軽減された。超音波プローブの生産ラインでは、真空状態をつくって樹脂液の気泡を取り除く真空脱泡装置にセンサーが取り付けられた。これまでは、同装置を使っても本当に真空状態がつくられているかどうかが分からず、成型不良の検出に時間がかかったが、センサーを取り付けたことで、真空脱泡の工程できちんと脱泡できているかどうかを数値で確認できるようになった。

同社はこのように、既存の設備を生かしつつ、デジタル化によって工程にかかる時間や無駄を見える化し、課題を把握。その上でカイゼンを行って生産性を高めてきた。取り組み自体は一見、地味だが、CTスキャナーのラインの場合、工程を自動化することなく、製造にかかる作業時間を1年で18%短縮した。生産性の向上により、夜のシフトを無くすことができ、離職率の低下にまでつながったという。同社のデジタル化とは、ロボットなど新しい設備をむやみに導入することではなく、「カイゼンを倍速」にすることを目的としている。

GEグループは、生産の無駄の無さを示すリーン生産方式の成熟度と、デジタル化の浸透度の2つの評価軸を設け、両軸それぞれを5点満点中4点以上に達した工場を、「ブリリアントファクトリー」と定義している。2025年までには、世界中の全ての自社工場をブリリアントファクトリーにすることを目指している。さらにブリリアントファクトリーの中でも取り組みが先進的な工場を「ショーケースサイト」として選定しており、GEヘルスケア・ジャパンの工場は、約450あるグループの自社工場のうち、最初の7つのショーケースサイトに選ばれた。もともとリーンの成熟度が高かったが、田村氏を筆頭とするプロジェクトチームが16年に結成され、先述のようなさまざまな取り組みを進めてデジタル化の浸透度も一気に引き上げた。

GEが提唱するインダストリアル・インターネットは、産業機器や施設などをセンサーやソフトウエアアプリケーションで接続し、得られたデータを可視化することが主な軸となる。大切なのは、デジタル化によって得られたデータをいかに生かし、カイゼンするかだ。GEヘルスケア・ジャパンの藤本康三郎・製造本部長は、「インダストリアル・インターネットが世界で進むことによって、各工場のプロセスは均一化していくかもしれないが、そこから生産性が上がるかどうかは結局、作業の丁寧さやデータ分析の細やかさなど人にかかってくる」と話す。今後は、工場全体でデータ分析をできる人材を強化していきたいという。

GEは産業機器向けIoTのソフトウエア・プラットフォーム「Predix(プレディックス)」を提供している。パソコンやスマートフォンでいう「OS(基本ソフト)」のようなもので、Predixを基盤に、データを蓄積、分析したり、工場内や外部の工場、さらにはサプライヤーなどとつながることができる。Predixは既に、東京電力や東洋エンジニアリング、P&G、インテル、サムスン重工業といったさまざまな分野の大手企業が導入している。

田村氏はPredixについて、「他の工場と連携してデータを分析することで、強みが出る」と説明する。GEヘルスケア・ジャパンでは、ある生産ラインでの不具合が一時的に増えたことがあったが、Predixのアプリケーションソフトを通じ、中国の工場も同じ状況であることが発覚。今まではこうした事実確認に数日かかっていたが、中国工場側の状況をタイムリーに得られたことで、データに裏付けられた異常をエンジニアに伝えて即座の解決につながった。

CTスキャナーの組み立てに使う部品が収まったカート。RFID端末が取り付けられている(NNA撮影)

GEグループではGEヘルスケア・ジャパンのほか、インドやベトナム、中国などの工場がブリリアントファクトリーに選定されている。ただアジアでは、デジタル化に重きが置かれ、カイゼンよりもデジタルツールの導入が先行されがちな傾向があるという。「GEヘルスケア・ジャパンも、当初はツールの導入に気をとられがちだった。大切なのは、デジタル化を進めることで地に足の付いたカイゼンのスピードを速めていくことだ」(田村氏)。

アジアは産業基盤など鍵

GEグループが描くインダストリアル・インターネットや、ドイツが掲げる「第4次産業革命(インダストリー4.0)」のような動きは、アジアでも同様に進んでいくのだろうか。

日本貿易振興機構(ジェトロ)、海外調査部アジア大洋州課の水谷俊博課長代理は、産業基盤が整備された国や地域では将来的に技術革新が進めば産業革命のような変化が起こる可能性はあるとみる。例えば、ある程度、産業が集積し、人材の育成も進むタイなどが想定される。また、タイでは「中進国のわな」に陥る懸念も高まっているため、政府が産業の高度化を促す政策「タイランド4.0」を打ち出すなど、取り組みにも積極的だ。

工業用画像処理関連のハード・ソフトウエアなどを扱う技術商社リンクス(横浜市)の村上慶社長は、IoT化のしやすさが重要だと指摘する。製造ラインの設備や工場間などをネットでつなげるには、特定の通信規格やプログラミング言語に依存しない制御装置(PLC)が必要になる。しかし、日本の製造現場は、通信規格などが製造設備ごとに異なり、最適なシステム構築がしづらい状況だという。こうした意味では、製造ラインの自動化や画像処理技術の導入が未成熟な東南アジアなどは、製造現場のスマート化が後に急速に進む可能性がありそうだ。

産業革命によって労働生産性が向上すれば、アジアで製造拠点を選ぶ条件も変わっていくだろう。野村総合研究所、グローバル製造業コンサルティング部の小林敬幸部長は、「いかに生産性が向上しても、製造現場には依然、電気代や水道代、土地代など、さまざまなコストがかかってくる」と指摘する。こうしたインフラが安く手に入るところや、税制度などのインセンティブも考慮すべきとの見方だ。また、物流に時間とコストがかかるほか、今後は発注を受けてすぐに製品を納めることも求められるため、製造拠点はやはり消費地などから近い所に設けるのがよいとみている。

さまざまなコスト配分を見極めた上で、必要な設備・システムの導入やカイゼンが進んでいく──。GEグループのブリリアントファクトリーや、識者が予想するアジアの製造業の未来はいたって現実的で、決して派手なものではない。地に足を付け、冷静に次なる生産革命に備える必要がありそうだ。

世界の製造強国を目指す中国

8月下旬に広東省広州市で開かれた産業用ロボットや設備の展示会。明電舎は工場の自動化につながる無人搬送車をPR。中国製造2025が掲げられる中、同社の担当者は「業界には追い風が吹いている」と話した

中国の国務院(中央政府)は2015年5月に、国内製造業の発展の道筋を示した「中国製造2025」を公表した。中国製造2025では、中国が「製造強国」になるための「3段階」を目標として掲げており、◇第1段階では2025年までに製造強国の仲間入りを果たす◇第2段階では35年までに製造強国の中等レベルになる◇第3段階では建国100周年になる49年までに総合力で製造強国のトップクラスに立つ─ことを目指している。製造のスマート化を図り、重点分野の1番目に「次世代IT産業」を据えていることなどから、「中国版インダストリー4.0」とも言われている。

みずほ総合研究所、アジア調査部の伊藤信悟・中国室長によると、中国は人件費が高騰し、生産年齢人口が減少する中、低コストを売りとした産業の発展が難しくなった。生産能力や不動産在庫の過剰の懸念もあるため、資本投入依存型の成長の継続もリスクを伴う。また、消費者の需要が多様化し、製造業は細やかな対応も求められるようになった。中国製造2025では、イノベーションの促進やITを応用した生産性の向上で、こうした課題の解消を図る狙いがある。

中国は裾野産業が育ち、市場の規模も大きいことなどから、「中進国のわな」を越える上で有利な条件を備えている。伊藤氏は、製造強国になると掲げる中国製造2025の目標について「必ずしも野心的すぎることはない」とみている。

日本企業などにとっては、海外からの投資がどの程度、開放されるかが注目すべき点となる。中国製造2025では投資の対外開放をうたう一方で地場企業の発展にも留意しているためだ。また、過去の新興産業育成策のように生産能力の過剰が発生するリスクなども、注視していく必要がありそうだ。

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