NNAカンパサール

アジア経済を視る July, 2017, No.30

メキシコ事業 ホントのところ

03 工場は「仕事が一番集まる場所」に

〜エムエス製作所

YAGMの3,500トントランスファープレス機と菅原社長

作業するメキシコMSモールドの技術者

自動車のドア周りに使うウェザーストリップ用のゴム金型の設計・製造を主に手掛けるエムエス製作所(愛知県清須市)は、2016年6月にメキシコに現地法人のメキシコMSモールドを設立。グアナフアト州の空港から近いレンタル工場(シラオ市)で今年、実質的な業務を開始した。従業員は、日本人3人とメキシコ人2人の計5人。代表の新井信雄ディレクター・ゼネラルや営業担当の現地従業員も含め、全員が機械を扱える職人チームだ。主に金型のメンテナンスや一部部品の設計変更などを手掛け、豊田合成など日本国内で取引のある部品メーカーが主要顧客となっている。

トランプ氏が米大統領選で保守主義的な通商政策を掲げていた頃、エムエス製作所はまさにメキシコ事業の準備を進めていた。先行きに不透明感が強まったため、既に設置したマシニングセンタを17年度に2台から4台に増やす計画は見送ることになった。だが新井氏は「既に設備を投資しているので、トランプ氏の影響など考える暇はなかった」と話す。完成車メーカーが工場を米国に移すなら、メキシコMSモールドの顧客も部品の輸出先や生産拠点を米国に移す必要が出てくるかもしれないが、完成車メーカーはいずれもメキシコでの事業方針を変えていない。新井氏はむしろ「日本では、実際よりもメキシコにネガティブな報道が多い」と感じていた。

新分野の受注期待

エムエス製作所は他に海外では中国とインドネシアに工場を構え、いずれもウェザーストリップ向けが売上高の約9割を占める。ただ、メキシコでの事業と今後の展望は他の海外拠点とは異なる。

新井氏によると、メキシコの金型市場は日本の2〜3倍の規模だが、中国などと違って金型メーカーや機械の加工を手掛ける企業が少ない。エムエス製作所は「仕事が一番集まる場所」に工場を設けることで、新しい分野の受注も獲得できるとにらんでいる。

「メキシコで部品メーカーを訪問すると、『やはり日系がいい』と言われる」(新井氏)。地場の金型メーカーは取引が長くなると品質に振れが出てきてしまうため、仕事の質が安定している日系に発注を切り替えたいというメーカーが増えているそうだ。メキシコMSモールドではこうした需要を取り込み、ゴム成形用以外の金型や、金型以外の機械の加工業務も既に受注した。商談が進んでいる複数の企業は日本では全く取引がないところだという。

三重県の金型メーカーとメキシコで技術提携を交わす話もまとまった。相手は樹脂部品の金型を扱うため、同じ金型メーカーでも分野は異なる。提携を通じてメキシコでの販路拡大を目指す。


04 家電から自動車へ軸足

〜稲畑産業

稲畑産業のメキシコ拠点

化学品や合成樹脂などを扱う商社の稲畑産業はもともと、米国との国境沿いのティフアナ市(バハカリフォルニア州)近くに拠点を持ち、液晶テレビメーカー向けに導光板用の光学フィルムを加工する事業を展開していた。その後、日系の自動車関連企業が相次ぎ中央高原(バヒオ地域)に進出してきたのを機に、自動車関連の事業に軸足を移した。

現在のメキシコ事業の柱は、イナバタ・メキシコ(2012年設立)が手掛ける合成樹脂原料の販売。売り上げの約90%は内装や外装、エンジン周りなどの自動車部品向けだ。

トランプ米大統領は、米フォード・モーターやトヨタのメキシコでの新工場建設を非難した。ただ仮に自動車メーカーが生産拠点をメキシコから米国に移し、メキシコ国内の完成車の生産台数が減ったとしても、北米全体の需要量は変わらない。イナバタ・メキシコの森本誠セールス・マネジャーは、自社の取引先は部品メーカーのため、顧客がどれだけ国内の完成車メーカーに納め、どれだけを米国に輸出しているかによって自社への影響は変わると指摘。もともと部品の多くを輸出している顧客であれば、実際の取引はあまり変わらない。多少の影響があったとしても取引が大幅に減ることはないとの結論に至り、当面は取引先や完成車メーカーの動向を静観することになった。

1〜3月は大忙し

森本氏は「実際、現地の企業はトランプ氏の大統領就任前後の1〜3月は好調で大忙しだった」と話す。一部の企業の中には新規の投資を見送る例もあったようだが、既に稼働している企業は今後も忙しい時期が続くとみている。

メキシコの自動車の国内生産台数は2020年に500万台に達すると言われていた。森本氏は「500万台は難しくとも400万台は間違いなく超える」と見込む。部品生産量の増加も期待できるため、こうした需要をしっかり取り込む考えだ。

森本氏がこのほか関心を持つのは、非日系メーカーへのアプローチだ。イナバタ・メキシコは16年から、欧州系自動車部品メーカー向けに樹脂原料を納める取引を始めており、また非自動車分野へのアプローチも進めている。「非日系の外資系企業はあまり米国の動向を気にしていないようだ。こうした企業と新しいビジネスを展開していきたい」(森本氏)。


05 新規の取引も

〜タイガースポリマー

ワーカーが作業するタイガースポリーの工場

ワーカーが作業するタイガースポリーの工場

樹脂成形品メーカーのタイガースポリマー(大阪府豊中市)は、2012年にメキシコに現地法人タイガーポリー・インダストリア・デ・メヒコを設立。主要顧客であるホンダの新工場(グアナフアト州セラヤ市)の生産開始に合わせ14年1月からシラオ市の工場を稼働した。従業員数は約170人で、エンジン用のダクトやエアクリーナーなど自動車向けの樹脂部品を生産している。売り上げの約8割がホンダ向けだが、昨年からはメキシコの日系完成車メーカーで生産台数が最多の日産自動車やマツダとも取引がある。

米国のトランプ氏の発言については、日本側からメキシコの状況を尋ねられることもあったが、「米国発の話で顧客である自動車メーカーの公式発表もない中でどうするわけにもいかず、静観するしかなかった」(村田洋社長)。工場の作業者の中には、トランプ米大統領が「メキシコとの国境に壁を作る」と発言したことに対して米国へ出稼ぎに行っている親族の心配をする声もあったが、通商政策によってここでの仕事を失うといった不安は特に聞かれないようだった。

「タイガーポリーはメキシコ国内の完成車メーカーに供給しているので、完成車メーカーが動かない限りは動けない」。村田社長は冷静に話す。

日本国内では、トランプ米大統領の通商政策によって日本企業による対メキシコ投資が減速したとの見方が伝えられた。ただ、マツダとホンダの新工場が稼働した14年から16年ごろにかけてほとんどの新規進出工場が既に操業しており、村田社長は「既に一段落していた」と感じているようだ。

生産能力2倍へ

仮にメキシコ国内の自動車生産の市場が縮小したとしても、村田社長は「まずは現地の日系メーカー向けにシェアを拡大するだけでもある程度の生産量は確保できる」と前向きだ。昨年のメキシコ国内の自動車生産の規模は350万台強で世界7位。日系だけで見た場合、トヨタの新工場が19年に生産を開始しても150万台程度と大きな市場ではないが、今後5〜10年はここでシェアを拡大していくことでもビジネスは成り立つと村田社長はみる。新たな受注に対応できるよう、2019年までに生産能力を1.5~2倍に増強する計画は、「トランプ旋風」が巻き起ころうとしていた16年の夏以来、一貫して進めている。

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