NNAカンパサール

アジア経済を視る April, 2017, No.27

【アジア取材ノート】

マレーシアのゲーム業界 多文化受け入れる土壌強みに

マレーシア

石油やパーム油、天然ゴムなど労働集約型の一次産品への依存から脱却するため、産業の高付加価値化を急ぐマレーシア政府が、昨今注力しているのがゲーム産業の育成だ。東南アジアのゲーム開発拠点としては、長らくシンガポールが先頭に立っていたが、コストの上昇で周辺国への移転が進んでいる。多文化・多民族国家であるマレーシアは、欧米・アジア双方のコンテンツを受け入れる土壌を持つことを強みに、産業の発展を目指す。(降旗愛子=文・写真)

マレーシアゲーム業界の現状と展望について語ったMDECのハスヌル・ディレクター

マレーシア国内のデジタル産業の育成を支援するデジタル経済公社(MDEC)のディレクターで、長年国内のゲーム業界に関わってきたハスヌル・サムスディン氏によると、マレーシアのゲーム産業は20年以上の歴史を持つ。2015年の同国ゲーム産業の規模は3億1,300万リンギ(約84億円)に達し、5年前の11年と比較すると39.9%もの成長を遂げた。

開発ハブをマレーシアに移したストリームライン・メディアグループのフェルナンデスCEO

国内のゲーム関連事業者は現在約50社。うち、65.8%がゲームを開発するデベロッパー、8%がゲームを販売するパブリッシャー、残りは双方を兼ねた事業者だ。全体の60%以上が社員数10人以下の小規模スタジオで、50人以上のスタジオは17%のみとなっている。約半数に当たる48%のスタジオが設立3年以内。86.7%がスマートフォンなどモバイル向けのゲーム開発が中心、56%はパソコンゲームの開発に携わっている。ハスヌル氏は「スマホ上でプレーするアプリゲームの広がりもあり、若い小規模スタジオでの開発が容易になっている」と指摘する。

主流は開発アウトソーシング

マレーシアのゲーム産業で現在、主流となっているのが、ゲーム開発の受託ビジネスだ。ハスヌル氏によると、現在マレーシア国内では約700人がゲーム産業に従事しているが、開発受託の大手3社だけでその半数以上を占める。

東南アジアの他国では、欧米圏の英語ゲームが人気タイトルの上位を占めるが、華人系が消費の主流を占めるマレーシアでは、中国語ゲームと英語ゲームが人気を二分する。ハスヌル氏は「洋の東西を問わずコンテンツを理解し、共感できる文化的背景が、開発を請け負う際の強みになる」と話す。

蘭アムステルダムで創業した米ストリームライン・メディアグループは、08年からマレーシアに開発拠点を置いている。マレーシア法人のストリームライン・スタジオは、国内のゲーム開発受託大手3社の一つに数えられる。同社は日系のゲーム開発にも参画しており、これまでスクウェア・エニックスの「ファイナルファンタジー(FF)」シリーズやカプコンの「ストリートファイター」シリーズなどの人気タイトルを手掛けた。

ストリームライン・メディアグループのアレキサンダー・L・フェルナンデス最高経営責任者(CEO)は、「(08年にマレーシアでゲーム開発を始めた当初)開発者の『原石』だらけだと感じた」と話す。この10年余りでマレーシアの「原石」たちを一人前の開発者に育て上げ、拠点の従業員数も約200人の規模まで成長させてきた。同社で働くスタッフの約半数はマレーシア以外の出身者だという。東南アジアや中東から留学生や労働力が多く集まり、国内人材に限らない優秀な開発者を採用できるのもマレーシアの強みだ。

MDECは、25年までにゲーム産業の従事者を1万4,000人まで拡大し、大規模スタジオを5社誘致する目標を掲げている。その一環として、首都クアラルンプール西部にありストリームラインが拠点を構える複合開発地域「バングサ・サウス」に、マレーシア政府は今年、ゲーム産業の開発ハブを設立する計画だ。IT企業に対する各種優遇制度「マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)ステータス」の付与など、政府による優遇策の他、対米ドルでのリンギ安で事業コストの割安感があることなどを強みに、欧米や日本のゲーム企業の誘致を進めていく。

開発の国際化、避けて通れず

今、マレーシアゲーム業界のアイコンとなっているのが、昨年スクウェア・エニックスから発売されたFFシリーズの最新作「ファイナルファンタジーXV」(FFXV)でリード・ゲームデザイナーを務めたワン・ハズメー氏だ。

マレーシアゲーム業界のアイコンとなったハズメー氏(左)。FFXVの発売イベントではサインを求められる

ハズメー氏はマレーシアの大学の在学時に、プログラミングを学ぶ一環としてゲームの制作を開始。その際に、「漢字」を使って敵を倒す忍者ゲームを開発したことが、日本語を学ぶきっかけになったという。ハズメー氏は、日本行きを決めた理由を「日本のゲーム業界が“ブラックボックス”だったから」と話す。日本のゲームがどのように作られているのか実際に目で見て確かめてみたいという情熱に突き動かされ、08年に来日。1年半で鍛えた日本語で企画書を書いて複数のゲーム会社に送り、スクウェア・エニックスに採用された。

ハズメー氏は、「FFほどの人気タイトルなら国際化は避けて通れない」と指摘する。世界で受け入れられるには、さまざまな文化的背景を持つ人々から共感を得ることが必要だ。実際にFFの開発現場は国際化が進み、ハズメー氏の他にもタイ出身のゲームデザイナーが活躍しているという。ハズメー氏は「外国人であるからこそ、新しい要素を提供できる」と確信している。

FFXVの開発でハズメー氏はキャラクターが旅の途中で通過する街やそこで交わされる会話などを制作するチームを率いた。ハズメー氏が携わったことで、作品には「ロティ・チャナイ」(薄焼きパンとカレー)や「サテ」(串焼き)、「チキンライス」などのマレーシア料理が登場する。

出版物

各種ログイン