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【トップは語る】アシックス代表取締役社長CEO 尾山基

日本を代表するスポーツブランドのアシックス。近年はレトロ・カジュアルのオニツカタイガーも人気だが、本分はやはりスポーツという。アスリートのために最高品質の商品の開発を続ける尾山基代表取締役社長・最高経営責任者(CEO)のブランド観とは。

スポーツブランドとして永続的に力を入れる

Photo by Tsutomu YAMADA

アジアは言語や法律、経済圏などが一つではなく、事業をやり始めると難しい面もありますが、今は好調です。東南アジア諸国連合(ASEAN)での売り上げは2013年度末で10億円弱でしたが、今は40億円を超える規模になりました。中国は14年、15年にそれぞれ前年より倍増。16年(1~12月)は前年比で約6割増加し、200億円を超えるとみています。

中国政府は「国民皆健康」の方針を打ち出しています。習近平指導部になってからそれは顕著になり、「運動しましょう」と盛んに言われています。ランニングする人も増えてきました。世界的に見てもアシックスはもともとランニング分野で強いこともあり、中国でのブームにうまく乗ったという面はありますね。

世界最大規模のスポーツ業界団体、世界スポーツ用品工業連盟(WFSGI、本部:スイス)の会長だった13年(14年から副会長)に、中国で開かれたスポーツ関連の展覧会でWFSGIの活動について講演したことがあります。私の後の講演で、中国の大学教授が「中国人は、劉翔(04年アテネ五輪男子110メートルハードル金メダリスト)のような個人のスターを出して喜ぶだけではなく、国民みんながフィジカルなアクティビティーをすべきだ」と訴えたのを聞いて驚きました。

というのも、教授の直前にWFSGIの活動を紹介した時に「子供の頃から運動をしていると健康的なライフスタイルになる」という趣旨のプレゼンテーションをしていたんです。その教授に事前に情報が伝わっていたのかと思うほど、両者の話が似ていたんですね。つまり、それぐらい健康意識が高まっているということです。

この巨大市場には競合も多くいますが、われわれはランニング分野が強みですし、ライフスタイルカテゴリーのオニツカタイガー※も受けています。

※アシックス社はスポーツの機能性を追求しながらスタイリッシュなデザインの「アシックス」、スポーツライフスタイル市場向けの「オニツカタイガー」、「アシックスタイガー」の3ブランドを展開。

中国での売り上げの5割がランニング・アスレチックの「アシックス」、5割がレトロ・カジュアルのオニツカタイガーです。中華圏やタイでも、オニツカタイガーはファッションアイテムと捉えられています。中国とタイでは売り上げの半分がオニツカタイガーによるもので、これは他の国・地域にはない特徴です。

■ブランドイメージを高く保つ

「先人たちが創業から築き上げてきた企業の個性であり、顧客との情緒的なつながりを深める最も重要なもの、それがブランドである」と尾山社長は言う。3つの基幹ブランドのコンセプトやメッセージを正確に伝えていきたいという

ブランドとは個々人の頭の中にあるイメージだと思います。好きか嫌いかでそのブランドとつながりますから、同じアシックスでも捉えられ方はいろいろあります。

アジア全域でまずやりたいのは、われわれのブランドイメージを良くしたいということです。日欧米ではすでに信頼できる、クール、ファッショナブルなど、「ハイパフォーマンススポーツブランド」のイメージがあります。そこで販売している商品と同じ物をアジアで売り、ブランドイメージと商品の品質を高く保ちたいですね。

それらをアジアへ横展開するだけでも一定の基盤はできると思います。車に例えるなら、(トヨタの)レクサスをまず売る。ほかのブランドはそのイメージが定着した後に展開するという戦略です。やたらと数を追求するわけではありません。

ブランドイメージや知名度向上のため、中国のマラソン大会でのスポンサーを検討しています。インドのムンバイマラソンではオフィシャルスポンサーですし、台湾ではナイトラン(夜のジョギング)イベントなどを続けています。

もちろん、イメージ向上につながる人気選手やチームがあればスポンサー契約も交わしたいですね。アジアでのスポーツマーケティングはこれから強化していきます。東京マラソンではオフィシャルパートナーを2007年から務めていますが、日本でのイメージはだいぶ向上したと思います。

■スポーツのアシックス

ただ、ブランドイメージはやはり「スポーツのアシックス」を強調したいですね。カジュアル面ではなく。安全にスポーツをするためにサポートする、これを履くとスピードが出しやすい、ラグビーのウエアだったら相手からつかまれにくく、ボールをキャッチしやすい─。やはり機能面ですね。

オニツカタイガーが売れているのはいいのですが、やはりファッションですから移り変わりがあります。それよりも、アシックスのブランドのことをカジュアル的なイメージで言われるのは避けたいところです。

ここ30年ほどのスポーツ用品のブランド、特に米国を見ていると、カジュアルに力を入れて売り上げが伸びた後、本来のランニングや陸上のスパイク、サッカースパイクなどに戻ってこないんです。信じないんですね、プレーヤーがそのブランドを。だからスポーツブランドとして永続的に力を入れていかなくてはなりません。

中国では10年ほど前まで、アシックスのブランドは一般にはあまり知られていませんでした。でもスポーツ団体の幹部たちは現役時代、ナショナルチームの遠征で日本に来た時にアシックスタイガーを買っていた。だからいい靴であることは分かっていました。

私たちのブランドの本分である「スポーツ」を大事にし、常に最高品質の商品を出していくことはとても重要です。流行に迎合して販売数だけを追い求めるようになると、万一、落ちてきた時になかなか上がることはできません。

■アジアにも人気波及

オニツカタイガー表参道。取材した日もアジア人を中心とする外国人客が多かった(NNA撮影)

直営店やブティック、セレクトショップなどでの販売にチャンネルを絞るオニツカタイガー。欧米での人気はアジアにも波及し、インバウンドの波にも乗ってアジアからの客が増えている

東京にある旗艦店のオニツカタイガー表参道は外国人客が多いですね。12年のオープン当初からすでに3割ほどが外国人だったのですが、どちらかというと首都圏在住の欧米系が中心でした。しかし今はアジア系も急増しています。

統計を取っているわけではありませんが、アジア系では中華圏や韓国からが目立ちます。一番多いのはタイ人でしょうか。有名人や芸能人らが愛用し、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で人気が広がっているようです。実際、タイ人客からは「デザインが美しく、履き心地が良い」などの声をいただいています。

現地では流通網が未整備ということもあるのでしょう、タイでの価格は日本の1.5倍ほど。日本に来るとなると、家族や知人などから買ってくるように頼まれるそうです。平均2~3足で、5~6足買う人もいます。

買い求める外国人客が多いオニツカタイガーの「ニッポン・メード」。その中でも一、二を争う人気のメキシコ66デラックス(NNA撮影)

12年にシンガポールでアシックスアジアを立ち上げました。今はアジア事業の統括本部的な役割を担っています。設立時にシンガポールに行った時、街角で5人組の若者を見かけました。彼らはタイ人で、かっこいい身なりをしている。履いているのはオニツカタイガー。シンガポールで探して買って、これから東京へも買いに行くと言っていました。思えば、その頃から予兆はあったようですね。

昨年は訪日外国人数が約2,000万人に達しました。13年に1,000万人を超えてからわずか2年で倍増です。東京オリンピックも控えていますし、これからもっと増えるでしょう。インバウンド向けには「メード・イン・ジャパン」をアピールしたいですね。鳥取県境港市にある山陰アシックス工業の生産能力を拡張したいと考えています。

また、環太平洋連携協定(TPP)が広がっていくと、関税面での壁は低くなるので、日本で作った製品をアジアに輸出したい考えはあります。アジアではこれから所得水準に上がるにつれ、スポーツ人口も増えるでしょう。私たちのブランドがより広く受け入れられるようにしたいですね。(聞き手・中村正)

<オフの横顔>

水泳とウオーキングが趣味。出張に行く時は必ず競泳用のスイミングパンツとゴーグルを持って行きますね。日本ではいつもプールのあるホテルに泊まり、海外でも半分ぐらいはそうです。ただ、なかなか時間がないのが悩みで、代わりに行うのがウオーキング。昔はセールスマンでしたから、デパートの売り場や店舗を回るためによく歩いていました。今は当時よりも歩かなくなっていますが、ウオーキングはどこでもできます。


【プロフィール】
尾山基(おやま・もとい)
1951年石川県生まれ。大阪市立大卒、日商岩井(現・双日)を経て82年にアシックス。マーケティング統括部長や欧州法人社長などを歴任、2008年から現職。「照天一隅」が座右の銘。

カンパサール本紙を読む(2016年4月号より抜粋)

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