日系企業の海外事業の展開先として注目が高まっているベトナム。国民の平均年齢が31歳と若く、この先20年は成長を見込める。国土の北側や西側は中国、ラオス、カンボジアに隣接。東側は海に面することから海運も発達しており、輸送インフラは整っている。治安や政治の安定度は高く、日本との時差も2時間でやりとりしやすいなどの好条件がそろい、魅力を感じる企業が多いようだ。一方、ベトナム進出する企業にとってハードルとなるのが工場用地やレンタル工場、物流倉庫といった工業用途向けの不動産探し。難易度が高いそれらの情報収集をサポートするソリューションが「PIVASIA(ピヴァシア)」だ。
ベトナムは、昨今の地政学的リスクや人件費の高騰に直面する中国への依存度を減らす「チャイナプラスワン」の受け皿としても需要や投資が伸びている。東南アジア諸国連合(ASEAN)の中では人件費が比較的安く、製造業では中国の半分程度といわれる。
ベトナムでは面積が75ヘクタール以上を工業団地、それ未満を工業クラスターと定義している。工業団地は全国に350カ所以上、その数は増加傾向にある。当初は、北部の首都ハノイや南部ホーチミンなどの大都市を中心に開発されたが、入居率の高まりとともに近年では郊外へと広がりをみせている。地域ごとに北部では部品メーカー、南部は加工食品メーカーが多いといった傾向や、物件によって入居企業の業種に特徴がみられる。
そのため、ベトナムに進出しようとする企業にとって難しいのが工場の候補地選びだ。一度進出したら簡単には移転できないため、限られた時間での入念な情報収集や慎重な決断が求められる。
選定は、日系企業に限らず「まずは現地を視察してから判断」という企業が多いだろう。しかし、郊外にも広がる工業団地への視察は1日に2~3カ所へ行けたら良い方で、多く回るほど日数がかかる。さらに通訳などの手配をすると、視察費用は数百万円に及ぶこともある。現地視察の前にある程度の候補地の絞り込みは必須だが、日本にいながら客観性のある最新情報を入手するのは容易ではない。
また、ベトナム進出を狙うのは日系企業だけではない。中国や韓国、欧米など世界の企業も機会をうかがっているため、条件が良い場所はすぐに埋まる。意思決定が遅ければチャンスを逃しかねない。
そうした課題を解決するソリューションが、ベトナム国内を対象とする工業向け不動産情報プラットフォームのPIVASIAだ。日本郵政グループと電通グループにより設立されたJPメディアダイレクトが提供している。
同社は、ベトナム国家大学ハノイ校発のベンチャー企業であるTHE FIRST INNOVATION AND MANAGEMENT ORGANIZATION JOINT STOCK COMPANY(FIMO)と共同でPIVASIAを開発。不動産情報を地図上に可視化する仕組みをFIMOが構築し、それを基にした情報提供をJPメディアダイレクトが有料の会員制サービスとして事業化した。
無料会員でもベトナム全63省の工業団地を地図から閲覧できるが、有料会員はより詳しい情報を得られる。JPメディアダイレクトの鍋倉清和・新規事業領域開発室本部長は「PIVASIAは単に地図上で工業団地の有無を確認できるツールではない」と強調。「現地に労働力はあるか、人件費は他の省と比べてどうかなど、企業が進出を検討する上で有益となるさまざまな情報を提供できる」と説明した。
工業団地に関しては、立地や敷地面積、事務所費などの基本情報を閲覧できるのはもちろん、電力や給排水などのインフラ、物件の空き状況、入居費用といった詳細についても、問い合わせれば最新の情報を提供してくれる。また、エリア全体の気候や災害リスク、人件費の相場なども掲載。複数の工業団地の情報を並べて比較することも簡単だ。
JPメディアダイレクトの鍋倉清和・新規事業領域開発室本部長
閲覧画面は地図がベースなので視覚的に分かりやすく、空港や港など要所への最短ルートも地図上にラインで表示される。衛星写真に切り替えることもでき、川や山など周辺環境から工業団地内の空き用地まで手に取るように分かる。
気になる土地があれば面積集計の機能で大まかな面積を計算することも可能。工業団地の利用が決まれば、土地を購入して新たに工場を建設するか、レンタル工場や倉庫を借りるかのいずれかが一般的だが、前者の場合に非常に便利な機能だ。
他にも、工業団地を選定する際のポイントや注意点などを解説する専門家コラムや、ニュースなどのコンテンツも充実。また、希望を伝えて問い合わせれば、条件に合う複数の物件を紹介してくれる。
PIVASIAの最大のメリットは、現地に足を運ばなくても精度の高い情報を簡単に得られるという点だ。
JPメディアダイレクトの鷲頭崇・新規事業領域開発室部長は「画面上でなら、ベトナム全土をわずか数分で回ることができる。PIVASIAの情報を活用して社内稟議(りんぎ)を通せば、出張にも行きやすくなるはず。事前に十分な検討を行い、現地の視察で最終確認ができれば、工業団地を探す時間と費用を大幅に削減できる」と話す。
強みはデータの豊富さだ。掲載する工業団地は359カ所に上り、ベトナム全土のほとんどを網羅する。それぞれの工業団地で稼働する企業のリストも見られる。日系企業の進出は安心感を求めて日系企業が運営する工業団地を選ぶケースも多いが、正確なデータにアクセスできれば、ローカル資本や外資の工業団地も選択肢になるだろう。
鷲頭崇部長
海外への進出では災害リスクも懸念される。PIVASIAでは過去の災害情報を基に、洪水や地滑りなど自然災害の可能性がレベルごとに色分けされている。より安全な地域を選び、事前に対策を練ることが可能になる。特にベトナムは台風や洪水のリスクが日本よりも高いため、災害に対する不安を払拭することにつながる。
現地の不動産仲介会社をパートナーとし、工場建設の手続きをサポートする体制も整えている。当面はベトナム進出を考える日系の製造業や現地の工業不動産仲介会社などがターゲットだが、将来的にはワールドワイドにサービスを展開していく構えだ。
FIMOは首相府直結の大学から誕生した企業で、地図作製は国家プロジェクトとして始まったことから情報の正確さにも優位性を持つ。さらにJPメディアダイレクトとしても、ベトナムの投資計画省や地方管理局との協力体制を強化している。
「日本企業を積極的に誘致したい現地の声や税制面での優遇措置など、政府とのパイプがあるからこそ、いち早く情報を得られる。その情報を利用者に展開することで、投資の円滑化を推進していきたい」と鍋倉氏。PIVASIAの機能や情報も、利用者のニーズに合わせてアップデートしていくという。
「『ベトナム進出といえばJPメディアダイレクト』と真っ先に名前が挙がるような存在になりたい」と意欲をみせる鍋倉氏。将来的には、現地視察の手配までワンストップで提供するなどサービスの拡充を目指している。
ベトナムは今後、外国資本に対する規制がさらに緩和され、企業の進出が加速することが見込まれている。動きが遅いといわれがちな日本企業にとって、PIVASIAはベトナムでのビジネスをスムーズかつスピーディーに始める大きな一助になりそうだ。