「ものづくり日本」の一翼を担う製造業が集積している東京都大田区。後継者不足などから最盛期より大幅に減少しているものの、今でも約4,200社が切削、穴開け、溶接、組み立て、設計といった世界に誇る技術力でさまざまな製品・部品を作り、国内にとどまらず世界中に存在感を示し続けている。今回は、ロボットやモータ事業を手掛けるスタートアップ企業「Piezo Sonic(ピエゾソニック)」を紹介する。
ピエゾソニック モータは従来品と比べ2倍以上の長寿命化に成功(同社提供)
新型コロナウイルスの感染拡大で「非接触」が注目されている。レストランで配膳ロボットが料理を運ぶ場面をテレビニュースで見たことがある人も多いだろう。宅配荷物を届ける搬送ロボットなど物流サービスロボット市場は、2025年には2兆円規模になるとの予想もある。
ロボットを動かすのに重要な役割を果たすのがモータだ。モータといえば磁石とコイルの原理で駆動する「DCモータ」が一般に知られている。ただ、性能が搭載している磁石やコイルに依存するため重量・サイズが大きくなりがちで、動作音も大きいといったマイナス面もある。
Piezo Sonicが手掛ける「ピエゾソニック モータ」は「超音波モータ」と言われる技術を採用。超音波モータは、電圧を加えると伸縮する圧電セラミックの振動で回転する仕組みだ。小型・軽量でありながら同サイズのDCモータと比べ、5~10倍の力(高トルク)を発揮する特長を持つ。さらに静音で磁場環境でも使用できることから、ロボットの駆動装置などに加え、医療分野の磁気共鳴画像装置(MRI)の使用にも適している。
Piezo Sonic代表取締役の多田興平氏(NNA撮影)
Piezo Sonic代表取締役の多田興平氏(46)は「宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で開発した月面探査ロボットが超音波モータとの出会いだった」と話す。小学生の頃から、趣味で組み立て式のDCモータを利用するラジコンに関わるなど機械好きだった多田氏は、大学に入ると「これからはロボットの時代だ」と強く意識するようになり、宇宙ロボティクスに通じる「電気電子情報通信工学」を専攻。回路設計、ソフトウエア設計、画像処理技術といった面からロボットの研究を続けた。
大学4年の時に、所属していた研究室(中央大学・國井研究室)がJAXAの月面探査ロボットの共同開発プロジェクトに携わることになり、使用するモータに「電力を使わずに力を保持できる超音波モータが候補に挙がった」という。小型で軽量、低消費電力でありながら複数のミッションを実現する探査ロボットを開発する中で、超音波モータに可能性を感じた多田氏は、回転式超音波モータを発明した指田年生氏の超音波モータメーカーに就職し、さらなる研究を続けた。
入社して10年、学生時代から数えて約20年間、超音波モータの開発を手掛けた経験から、自分の考える超音波モータと、それを利用した応用製品を作りたいという思いが強くなったという。そして17年にPiezo Sonicを東京都世田谷区で立ち上げ、日本の代表的なものづくり都市として国内外でも認知度が高い大田区を操業の地に選んだ。高い加工技術をもつ協力企業の紹介や、助成金制度など、製造業に精通する大田区産業振興協会ならではのサポートがPiezo Sonicの製品開発を後押ししている。
超音波モータは、軽量、高トルクといったメリットが多い一方、DCモータと比べて寿命が短いという課題があった。多田氏は、構造と素材を見直すことで同サイズの超音波モータと比べ2倍以上の寿命がある「ピエゾソニック モータ」の開発に成功する。併せて大幅な高トルク化も実現し、特許を取得。そして18年に精密工学会の「ものづくり賞」、19年には公益財団法人 日本デザイン振興会(JDP)の「グッドデザイン賞」を受賞した。
ピエゾソニック モータの活用範囲は広い。小型・軽量を生かしてロボットの駆動装置として搭載する、磁場環境でも利用可能なことからMRIなど医療分野での活用、精密に位置決めができることで半導体製造装置に使用、そのほかにも搬送用コンベア、宇宙環境など真空環境下での活用など、さまざまな分野で活躍することができる。
また、超音波モータの製造だけでなく、大田区産業振興協会の戦略的産業クラスター形成パイロット事業としてPiezo Sonicは、協力メーカーと共同で最終製品としての搬送用自律移動ロボット「Mighty(マイティー)」を開発した。物流ロボット開発が盛んな現在、大手企業を含め開発競争が激化する中、Mightyは方向変換に欠かせないステアリングにピエゾソニック モータを採用。車道と歩道にみられるような15センチメートル程度の段差を乗り越えることができる能力を持つ。
Piezo Sonic公式ユーチューブより
Mightyは、部品や製品を簡易包装で次の工場に運搬する工場での利用や、注文された商品を目的地まで自動で配送する商業利用、収穫した野菜などを載せて運ぶ農業利用といった幅広い分野で活用が期待できる。現在、改良を進めて「Mighty-D3」までバージョンアップし「他社の自律移動ロボットより、小型で段差乗り越え能力に優れている」と説明する。
Mightyの可能性に注目しているのは企業だけではない。コロナ禍でのロボット活用に注目する神奈川県は、生活支援ロボットの実用化、普及を目指す「さがみロボット産業特区」のウェブサイト特集「新型コロナウイルス感染症対策に活躍できるロボットたち」を22年2月に掲載。Mighty-D3を「感染症対策として、非対面での荷物の運搬や見回り、誘導、作業支援などを実現するためのロボット」と紹介した。
多田氏は、Mighty製作について「モータだけでなく最終製品も作れる技術力を提案したい」とした上で「Piezo Sonicは作った製品を売るだけでなく、お客様のやりたいことをどう実現するかを一緒に考えて実現する『コンサルティング開発』の会社だ」と強調する。Piezo Sonicは仕事の流れも特徴的だ。顧客から「こういうことがやりたい」という話が持ち込まれると、打ち合わせ、アイデア出し、検討、製作、納品、そして改良提案という一貫した「コンサルティング」と「開発」で実現へと導く。
Mightyはこれまで、実証実験を含め、カメラを搭載して広大な大学構内での見回りや、街中でのビラ配り、でこぼこがある北海道の農地での作業支援など、さまざまなニーズに対応できるよう進化している。
部品としてのモータに関しても同様だ。あるサッシメーカーから「モータを使って家の天窓を開け閉めすることはできないか」と依頼があり、天井に登ることなくスイッチで開けたり閉めたりできる天窓サッシを開発。住宅メーカーからの「建て売り住宅の完成時に床の検査をロボットでできないか」という依頼では、自律移動で部屋中の床面を撮影し、傷などを発見するためのロボットを製作して納入した。多田氏は「何が何でもピエゾソニック モータを売るのではなく、コスト面などからDCモータを提案することもある」と話し、顧客に合わせたコンサルティングを重視している。
多田氏によると、超音波モータメーカーは世界的にも少ないという。「ターゲットは日本だけではないと考えていた」というPiezo Sonicのモータは、当然のように海外でも注目される。大田区産業振興協会の海外取引サポート事業を活用し、海外での展示会や見本市などに積極参加。ピエゾソニック モータやMightyは関心を集めた。
19年にドイツで開催された医療機器の加工技術、部品材料展 COMPAMED(コンパメッド)に出展した際は、ピエゾソニック モータをPRし商談を成立させた。展示会への出展や企業とのマッチングでビジネスチャンスを広げ、ドイツ、フランスといった医療先進国の欧州や米国をはじめ、中国、韓国などアジアを含め世界中に取引先が増えた。今では事業の内訳が国内6、海外4の割合になったという。
22年1月に米ラスベガスで開かれた世界最大級の見本市「CES2022」では、Mighty-D3がInnovation Awardsを受賞。ドローン・無人システム部門において日本企業として唯一の受賞となり、海外メディアにも広く紹介された。
日本国内においては、22年2月に開催された大田区の第26回高度技術・技能展「おおた工業フェア」に出展。「第33回大田区中小企業 新製品・新技術コンクール」の最優秀賞も受賞するなど、国内外でもMighty-D3の優れた性能が高く評価されている。
多田氏は、Piezo Sonicや超音波モータの知名度が向上することに関して「ファンを増やしたい」と話す。多田氏は顧客や協力企業のことを「ファン」と表現する。顧客を単なる購入者、協力メーカーを下請けなどではなく「一緒に作っていく関係」と見るからだ。
大田区産業振興協会を通じた協力企業との出会いは、さらに「ファン」の輪を広げている。多田氏は「大田区内の企業同士が自社技術や事例を共有する機会を定期的に設けることで、相互技術協力による課題の解決や、成長のきっかけとなる場が増えれば」と協会のサポートへの期待を話す。
超音波モータについては、今後もまだまだ改良・進化を続けるという。電力を供給しなくても力を保つことができ、小型、静音、精密制御が可能という特性を生かした「人の生活を支える製品」の可能性は無限にある。「例えば周囲に気付かれないほど静かな義手・義足にも使えるのでは」などアイデアが浮かぶ。「ファン」は、ますます増えそうだ。