切削、穴開け、曲げ、溶接、プレス、研磨、めっき、組み立て、設計――ものづくりに関わるさまざまな技術力を持った製造業4,200社が集積する東京都大田区。現代のグローバル化したものづくり時代にあっても、その創意工夫と高い技術力で存在感を示し続けている。成長するアジアでの高度なものづくりを支え、アジア市場に挑む大田区企業の活躍を追うシリーズ。
世界の製造業や物流業などの効率化をデジタル化した信号機などの各種ソリューションで支えている株式会社アイオイ・システムを紹介する。
株式会社アイオイ・システム
代表取締役 多田 潔
自動車工場の製造ラインでは、部品や材料など数十種類を一人の工員が扱い、製品や部品、そして完成車を組み立てていく。「どの部材をいくつ取り付ければ良いのか?」は、ベテランの工員なら頭の中に入っているのかもしれないが、日の浅い工員がいちいち指示書を見ながら組み立てていたら、日が暮れてしまう。ベテランでも不注意な「ポカミス」の恐れがある。
ならば、「どの部品を何個取ってください」という正確な指示があったなら、ベテランでも新人でもほぼ同じスピードで、ミスなく作業が進められる。そんな製造現場の課題を解決する「表示ランプ」を国内で最初にデジタル化したのが、株式会社アイオイ・システムの「デジタルピッキングシステム」だ。
革命を起こしたのは、製造現場だけでない。誤差率1,000万分の1という高い精度が求められる物流センターや倉庫などでも、このシステムが活用されている。アイオイ・システムの創業者である多田潔代表取締役社長(73)は「食材や洋服、家電、小物。多品種大量の商品・製品を扱う現場では、モノがどこにあるのかという位置情報を『見える化』することが、作業の効率化にとって最重要だ」と指摘する。
アイオイ・システムは、表示器にマイクロプロセッサを内蔵してデジタル化し、表示器の設置数がどれだけ増えても2本の配線のみで通信できるように改良。従来に比べ、製造現場の作業スピードを2.5倍、作業精度を10倍に向上させることに成功した。顧客の平均使用年数が8.5年にも及ぶのは、ショートなどの故障が少なく、高い品質が認められている証拠だろう。
デジタル表示器のランプが光った棚から、表示された数量分の商品を取り出す
日本中の食材の約9割は、同社のデジタルピッキングシステムを使って各地のコンビニやスーパーに仕分けられ、運ばれているという。業績への影響が懸念された新型コロナウイルス禍だが、昨年下半期からステイホームの常態化で自宅から商品が買える電子商取引(Eコマース)が活況となり、品数や種類の扱いが激増した物流センターなどでデジタルピッキングシステムの需要がさらに高まっているという。
海外進出は1997年の米国を皮切りに、2002年に欧州・スペインに拠点を設けた。デジタルピッキングは米国が発祥だが、改良を重ねた高い品質で逆輸入して、米大手自動車メーカー、フォードが全世界の工場に導入するなどの実績を着々と積み重ねた。
アジア進出は04年の上海法人が最初で、欧米の後になった。その理由について、多田氏は「02年当時の中国は、物流倉庫にはフォークリフトすらなく、安く大量に雇えた人手を駆使してモノを動かしている時代だった」と話す。現地の棚メーカーやソフトウエア企業にデジタルピッキングシステムの現物を携えては作業の効率化を提案しても、「人手をかけて何重に検品をすれば日本が求める誤差率1,000万分の1の精度はいつでも出せる」とけんもほろろだったという。
中国中車でもデジタルピッキングシステムが導入されている
風向きが変り始めたのが10年ほど前だ。日系のコンビニエンスストア大手が相次いで上海などの都市部への出店を加速すると、日本と同じように、現地の物流センターでの精度の高い商品の仕分け、配送が求められるニーズが生まれた。追い風になったのはそれだけではない。物流や製造業の現場で働く工員や作業員たちの人件費が高騰し、人手が不足するようになってきたのだ。
在庫と人手の多さは経営を圧迫する。中国でも在庫を極力少なくしたリスクの小さい経営が求められるようになり、デジタルピッキングシステムなど同社の各種ソリューションへの引き合いが増えた。アリババなどの大手Eコマースの物流現場のほか、日系の自動車工場、中国最大の鉄道車両メーカーである中国中車(CRRC)の工場でも同社のデジタルピッキングシステムが使われ、効率的な工場運営の基盤となっているのだ。現在までに中国全土で4,000ものシステムが導入されている。
アイオイ・システムの上海法人の従業員数は現在70人に拡大。毎年利益を上げ、配当を日本本社に送るまでに成長した。
指示とは違う場所が開かれると、赤く照らされ警告音が鳴る
アイオイ・システムのソリューションはデジタルピッキングシステムにとどまらない。
プロジェクタを用いて立体物に映像を映し出すプロジェクションマッピング技術を応用し、ピッキングの指示に活用したのが同社の「プロジェクションピッキングシステム®」だ。表示器が取り付けられない小さな保管棚などにも導入できるため、作業員は照射された棚からモノを取り出せば良い。カメラと赤外線センサーが人の手の動きと棚の位置を読み取り、間違った棚のモノを取ろうとすると棚に赤く映し出され、同時にブーと警告音が鳴るためミスを防ぐことができる。数多くの患者向けの処方箋を扱う東京都内の薬局などで活用されている。
何度も書き換えができることから、指示書やラベルとして導入されているSmart Card
デジタルトランスフォーメーション(DX)による経営革新が求められる時代にあって、特に注目されているのが同社の「スマートカード」だ。アマゾンの電子書籍リーダー「Kindle」にも使われている電子ペーパーの技術と、「Suica」や「Edy」といった電子マネー決済にも使われているNFC(近距離無線通信)対応のRFID(無線自動識別システム)を組み合わせた製品。NFCで読み取った情報をメモリに記録すると同時に、見せるべき情報を電子ペーパーに表示することができる。物流倉庫の管理などに欠かせない紙ラベルやバーコード、QRコードのシールの代替になる。100円ショップ大手の物流センターの配送コンテナに装着されているほか、製造工程の電子カンバン、病院内の健診システムや飲食店の会計システムなどにも活用分野は広がっている。
こうしたさまざまなソリューションは、多田氏をはじめ、社員たちが顧客となる製造工場や物流センターの現場に入り込み、「これをどうしたら効率化できるか?」という課題や悩みに耳を傾け、顧客と一緒に解決に向けて考えてきたからこそ生まれてきたのだ。
インド法人最高経営責任者(CEO)
ハズラ・トゥサル氏
そして今、アイオイ・システムはアジア展開を加速している。今年1月にはついにインド・ムンバイに法人を設立した。インド法人の最高経営責任者(CEO)に抜擢されたのが、インド出身のハズラ・トゥサル氏だ。アイオイ・システムに入社して14年になり、海外営業部所属でアジア各地の現場を見てきたベテランだ。
ハズラ氏は「新型コロナ禍の影響で半年ほど遅れましたが、設立は諦めていませんでした。インド現地ではコロナ禍によってEコマースが大きく伸びている。物流倉庫を効率化するピッキングシステムを現地で提案していくチャンスだ」と意気込む。
すでに現地の自動車市場で5割以上のシェアを持つ日系大手自動車メーカーの全工場のほか、地場大手自動車メーカーの完成車工場にアイオイ・システムのデジタルピッキングシステムが導入されている。前出の日系自動車メーカーでは現地で10車種もの完成車を製造しているため、部材は多品種になる。「誰でもラインで作業ができるようにし、ポカミスをしないようにするのはモノづくりの基盤。人口13億人のインドは巨大市場になる」とハズラ氏は強調する。
アジアの製造ラインや物流センターでも人手不足が顕在化する中で、作業員が部材や商品を棚まで取りに行くのではなく、作業員の元に無人搬送車(AGV)で運ばれてくる「Goods To Person」の技術も発達してきている。この技術により、作業員の手間や負担が軽減され、商品の棚入れやピッキング工程において大幅な改善が見込まれる。中国で開発されたAGVに同社のプロジェクションピッキングシステム®などを組み合わせることで、少ない人員でもより効率的な作業が実現できる。
こうした無人化やロボットの技術は、中国やインドで急速に進化しており、多田氏は「これからは中国やインドの最先端技術と、各種現場を良く知るアイオイのデジタルシステムを組みあわせ、日本や世界へ逆提案していく時代になるだろう。例えば自動車産業ではガソリン車から電気自動車(EV)への転換が進めば、部材やラインの大規模な組み換えが起こる。ここに大きな商機がある」とみている。今後インドでは展示会でPRを進めていく。
さらに、まだ拠点がないベトナムなどでも展開を強化していく予定で、大田区産業振興協会などの展示会やコンサルティングなどのサポートには期待しているという。
「連結売上高を40億から100億円、いや10倍の400億円へ」と多田氏。創業からあと数年で40年目を迎えるアイオイ・システムは、アジアという躍動する舞台でさらなる成長を目指す。