切削、穴開け、曲げ、溶接、プレス、研磨、めっき、組み立て、設計──ものづくりに関わるさまざまな技術力を持った製造業4,200社が集積する東京都大田区。現代のグローバル化したものづくり時代にあっても、その創意工夫と高い技術で存在感を示し続けている。
成長するアジアでの高度なものづくりを支え、アジア市場に挑む大田区企業の活躍を追うシリーズ。今回は、20年前からインドネシアでばねを製造する小松ばね工業株式会社を紹介する。
小さなもので線径は0.02ミリ。肉眼では単なる点にしか見えないが、ルーペで拡大して見てやっと、これが美しく均等に巻かれた微細なばねということが分かる。
一口にばねと言っても、自動車の部品となる数十センチになる大きなものから、微細なものまでさまざま。小松ばね工業が得意とするのは、後者の微細な「精密ばね」と呼ばれるもの。カメラや時計、携帯電話、バイク、自動車のほか、近年では医療機器や宝飾品などさまざまな製品に使われている。ばねの反発力があれば、ボタンやシャッターが指で押されると、動力がなくても元の位置に戻る。まさに見えないところで製造業を下支えているのがばねだ。
自動車部品用から医療機器用まで幅広い製品に使われている
小松ばね工業株式会社 代表取締役 小松 万希子
小松万希子代表取締役社長は「100%受注生産。図面を見ながら顧客が求めるばねを忠実につくることが基本」と説明する。79年前に創業した小松謙一氏から数えて3代目の社長。万希子社長の母親・小松節子氏が2代目社長(現・会長)で、母娘と2代にわたって女性社長が続くことで知られる会社でもある。
小松ばね工業は、それまで手で巻いていたばね製造をいち早く1960年代から機械化したことで、顧客が求める量産化に応えた。初代社長の故郷である秋田県と宮城県にも工場を設け、受注を増やしてきた。
顧客が求めるばねの大きさや形状はさまざま。それぞれのばねごとに機械をセッティングする必要がある。機械に取り付ける部品も調整しなければならない。同社は、これらばねの量産化や品質の要となる機械のセッティングに熟練した技術者がいることが何よりもの強みだ。社内で機械部品も制作や加工し、複雑な形状のばねも製造できるのだ。
「試作段階から機械で製造する。量産時と同じ条件で試作することで、品質を安定化させることができる」と小松社長は説明する。
熟練技術者が高品質なばねの生産を支えている
ただ時代はデジタル化の波が押し寄せている。パソコンのキーボードは樹脂製に変わり、カメラも電子化され機構的な部品が少なくなっている。「家庭のブレーカーなどもスマートメーターになると、ばねが不要となってしまう。デジタル化していく市場の中で、いかにばねを使う市場を見つけていくかが課題」と小松社長は考えている。
近年は、長年取引のある光学機器の会社が医療分野に進出するなどしており、内視鏡の挿入部用やカテーテルに使われるガイドワイヤーなどにも同社のばねが供給されるようになっている。
価格競争に陥りやすい業界だが、「受注を守るのは対応力やお客様とのコミュニケーションも重要な要素。日頃からの地道な営業も大切にしたい」と小松社長。各業界などから得た情報を営業などと共有し、新たな取引につなげていく努力も惜しまないという。
海外からの受注も狙う。昨年11月には、ドイツ・デュッセルドルフで開催された医療系の大規模見本市「COMPAMED2019」に参加した。大田区産業振興協会が、大田区の複数社と共同ブースを設けるもので、小松ばね工業としては4度目だ。「世界20カ国・地域の企業と名刺交換ができた。海外から部品を調達している企業もあり、積極的にフォローしていきたい」と小松社長。こうした活動が功を奏し、実際に15年に商談した外資企業と試験的に取引を開始しているという。
PT. KOMATSU BANE INDONESIA
ディレクター 小松 久晃
小松ばね工業は、インドネシアに唯一の海外工場を持つ。1997年に設立してから20年余り。もともと日本の工場で長くバイク部品メーカー向けにばねを供給していた経緯もあり、インドネシア現地でのバイク市場の拡大に合わせて受注を順調に伸ばしてきた。バイクの新車市場は毎年650万台前後で推移し、数十万台の日本とは比べられない大きな市場となった。
工場の従業員60人余りが、1日3交代制で稼働する忙しさ。インドネシアではなかなか技術系の人材が育ちにくいとされるが、ここ10年で機械のセッティングも現地従業員がこなせるようになった。先輩技術者が後輩に教えるスタイルも定着した。
日本本社取締役で、現地法人・PT. KOMATSU BANE INDONESIAの小松久晃ディレクターは「日本から技術者を2週間ほど派遣してもらい、さらに上の技術を教えることもしている。
短期間に集中して行う研修だからこそ、技術者たちはよく学び効率よく吸収してくれる」と話す。
一方でバイク市場だけに依存すれば、市場の動向次第では企業運営のリスクにもなりかねない。「インドネシア現地でもバイク市場以外の業界にも少しずつ受注先を広げていきたい」と久晃ディレクター。そのためにまずは技術力や機械設備などの生産体制を段階的に充実させ、高品質なばねの安定供給を目指す。
インドネシア工場では最近、久晃ディレクターが主導する形で機械のセッティングのための手順書を独自に作成した。「熟練技術者が持つ暗黙知の技術を明文化し、共有できるようにするのが狙い。これを従業員たちの手でさらに改編、改善を繰り返していくことで手順書とともに技術者も育っていくと期待している。インドネシアから日本や海外に展開もできるようになるかもしれない」。インドネシアでの挑戦はこれからも続く。
インドネシア工場では従業員が日々技術の向上に取り組んでいる