2019年6月28日
アジアで存在感、大田区企業の技術 世界を視野に、大田区4200社のものづくり

切削、穴開け、曲げ、溶接、プレス、研磨、めっき、組み立て、設計――ものづくりに関わるさまざまな技術力を持った製造業4,200社が集積する東京都大田区。現代のグローバル化したものづくり時代にあっても、その創意工夫と高い技術で縁の下の力持ちとして存在感を示し続けている。成長するアジアでの高度なものづくりを支え、アジア市場に挑む大田区企業2社の活躍を追った。

ネジ1本で世界に挑む、葵精螺製作所

株式会社葵精螺製作所 代表取締役 関 信也

「不可能を可能に」する創意工夫

株式会社葵精螺製作所 代表取締役 関 信也

株式会社葵精螺製作所 代表取締役 関 信也

見せてくれたのは、複雑な形状をしたステンレス製のシャフト。中国・上海市に生産拠点を設ける日本の大手メーカーは上海周辺ではこのシャフトを作れる工場が見つけることができず、1000キロメートル以上も南下して探し当てたのが、葵精螺製作所が深セン市に設けていた工場だった。メーカーの調達担当者は「ようやく見つかった」とひどく安堵したという。

「簡単な品物ですけどね」。どうして他社がこれを製作できないのか分からないと、関信也代表取締役社長は首をかしげながら微笑む。得意とするのは、ヘッダーという圧造技術。鉄などの棒材を型の中に入れ、上部からその材料をヘッダーで押し潰して元の材料より太い部分を作り、さらに圧縮して細くする加工法だ。削りやすくするために不純物を混ぜた材料を使う切削よりも、安定した精度と強度を保てる。材料のロスが少なく済み、コストも削減できるメリットもある。

葵精螺製作所は、このヘッダーの応用技術で、どこのネジ工場も不可能としてきた形状、精度のものも作ってしまうことで、業界内で一目置かれている。顧客から「これを作れますか」と図面を見せられるとすぐ、関社長がその場で金型の設計からヘッダーの打ち方まで考えてしまうことが多いという。関社長は「昔から考えるのが好きでした。どこも出来なかったものを可能にする。それが楽しくてしょうがない」と話す。

ヤシマ製の液口栓が使われたカーバッテリー

葵精螺 山梨工場

カーバッテリー用の液口栓

  

切削からヘッダーへ

カメラに使用されるねじ

カメラに使用されるねじ

関社長は1938年(昭和13年)生まれの80歳。大田区にあった大手ネジメーカーでネジ加工技術を学んだ後、1962年に葵精螺製作所を個人で立ち上げた。ピアノのネジの製作から始め、切削だと1日数百個にとどまるビデオテープのネジ生産を、ヘッダーを使って数万本の大量生産に成功するなどし、「お客さんには大変喜ばれた」。削って作るのが当たり前とされていた時代に、ヘッダーで作ることをいち早く実現させていったことが、葵精螺製作所の成長の基盤となった。

中国では展示会などに出展すると、メーカー側から「これは加工できるか」と声をかけてくれることが多い。または同業他社から紹介されて受注につながることも。受注後に試作し、量産試作を通って後は製造待 ちというパーツが常時、50点以上あるほど。高い技術力が評判を呼び、受注につながっていくという好循環が生まれているのだ。

自動車大国の中国でも存在感

葵精工有限公司(深セン工場)

葵精工有限公司(深セン工場)

年間の新車販売台数が2,800万台と世界一の自動車大国となった中国。葵精螺製作所でも近年は、自動車産業向けのパーツ生産が9割以上を占めるようになった。

中国でも小さなパーツに求められる精度は、プラス・マイナス0.008ミリの誤差内。髪の毛でも直径0.06ミリ以上あるから、ヘッダーで髪の毛ほどの誤差も許されない精密さを実現させる必要がある。「日本でも切削で作っているものを、ヘッダーでやろうとしているのだから、難易度は非常に高いが、うちならできる」と関社長は自信をみせる。ネジの頭が飛んだり、緩んだりすれば大事故につながる恐れがある。中国にあっても高い安全性と品質が求められる自動車向けパーツだからこそ、高い技術を持つ同社の活躍の場は広がっている。

中国政府が製造業の競争力強化に向けた長期戦略「中国製造2025」を掲げ、ローカル企業のものづくりの底力も格段に向上し、日本企業にも手強い競合となってきたとの指摘もある。ただ関社長は、かつて中国でメーカーからの損害賠償トラブルにも逃げず、むしろ同じメーカーから受注を増やした経験もある。

「高い信頼性と技術を培ってきた大田区企業が世界のものづくりで存在感を示せるのはこれからだ」と関社長は笑顔で締めくくった。

企業プロフィール

会社名  :株式会社葵精螺製作所

本社所在地:東京都大田区下丸子2-30-21
創立   :1962年9月
事業内容:冷間圧造と転造加工による自動車、カメラ、OA機器、AV製品(テレビ、ラジオ、オーディオ等)携帯電話などに使われる数々のパーツ(締結部品等)の製造など

アジアの防災・減災に技術で貢献へ、山小電機製作所

株式会社山小電機製作所 代表取締役社長 小湊 清光

株式会社山小電機製作所 代表取締役社長 小湊 清光

株式会社山小電機製作所
代表取締役社長 小湊 清光

地震や大規模水害などアジア各地でもさまざまな災害が増える中、自社開発した防災・減災のアイデア製品をアジアに売り込んでいる大田区企業もある。創業86年になる山小電機製作所は、NTT向け通信アンテナ鉄塔などの通信設備向け部材の製造・施工を長年請け負ってきたが、その電機や金属加工などで培った技術を生かし、10年前から防災・減災のアイデア製品を開発している。

地震時自動解錠ボックス

地震時自動解錠ボックス

その製品の一つが、「地震時自動解錠ボックス」だ。地震が発生した時、通常時は施錠されているボックスの鍵が自動で解錠され、屋上など避難経路の鍵やその他の災害用品を取り出すことができる優れもの。地震などで揺れるとお皿に入った金属のボールが動いて通電し、加速度センサーが反応、設定していた一定の閾値を超えると解錠する仕組み。

「東日本大震災の時、扉の鍵がなくてビルの屋上に避難できなかった事例が多く発生したと知った。鍵を持った担当者がいなくても、地震が発生すれば自動に解錠するボックスは必要になると思って開発した」と小湊清光代表取締役社長は説明する。インドネシアでも地震が多発しているほか、タイでも大規模災害がたびたび発生して甚大な被害が出ている。アジアでもこうした防災製品の需要は今後高まってくるとみている。

重機の走行事故も防止へ

ブームキーパー
ブームが20度以上の角度で上がったままの場合に警報ブザーが鳴動する

ブームが20度以上の角度で上がったままの場合に警報ブザーが鳴動する

未然に防ぐ必要のあるのは自然災害だけではない。鉄道や道路、空港などのインフラ事業や不動産開発が活発化しているアジア各地では、ダンプカーやトラックの荷台、クレーン車やユニック車のブーム(アーム)を上げたまま走行し、電線や橋桁、看板などに衝突する事故が相次いでいる。

山小電機製作所は、荷台やブームに角度センサーを設置し、運転席のダッシュボードに知らせる製品「ブームキーパー」の開発にも成功した。送信部にソーラーパネルを装着しているため、電池交換の必要がない。

日本国内ではこの5年間ですでに600セットを販売したが、「アジアでも役立てたい」と2016年から大田区産業振興協会の「海外展開サポート事業」を活用してタイ・バンコクやインドネシア・ジャカルタでの展示会などに出展するようになった。

ジャカルタでは、日系大手物流会社からブームキーパー12セットを受注し納品した。ただ今後、いかにローカル企業向けに販路開拓していくかが課題だ。

「人が亡くなるなどの災害や事故になると悲しいし、大きな経済的な負担も負う。社会に防災・減災という概念がまだ定着していないアジアだが、こうした防災・減災グッズの普及で、事前にリスクを軽減し、もしもの時のトータルコストを減らすという考え方の定着に貢献していきたい」と小湊社長は話した。

企業プロフィール

会社名:株式会社山小電機製作所

本社所在地:東京都大田区東糀谷4-6-20
創立   :1933年5月
事業内容 :制御卓・分電盤・配電盤・標準ラック・警報表示盤・19インチラック・HUB収納箱、各種通信機器の設計および製作・塗料の販売、耐震製品の開発・製造
(2019年5月取材)


ミクロン単位の加工から EV、ロケットまで ── 大田区産業振興協会

日本の製造業をリードしてきたと言ってもいい大田区のものづくり。「東京都内である大田区は地価などが高く、ものづくりの操業コストは比較的高い。にもかかわらず、4,200社の製造業が活躍できているのには、付加価値の高い技術力が背景の一つ」と、大田区産業振興協会のものづくり連携コーディネーターは指摘する。大手企業が求める厳格なものづくりにずっと応えてきたため、家電から自動車、航空宇宙、医療分野などの高度技術分野でも世界が驚くほど、高品質で精巧な部品を作り出すDNAがある。

小ロットの試作品のように、何らかのものづくりを実現したい発注者は、まず窓口である大田区産業振興協会に相談する。4,200社それぞれの社長や技術者らの顔だけでなく、工場の導入設備や手持ちの受注状況などを知っているコーディネーターらが、そのような加工はどの工場が最適かを判断して打診する。大田区では「仲間まわし」と呼ばれる、専門技術を区内企業が相互に活用して分業で製品を完成させるものづくりの高度な連携体制が機能しており、案件によっては複数の企業が連携して受託する。発注者からの依頼は、年間およそ1,000件に上る。

中国やタイにも200社超の大田区企業

低価格競争が激化していた中国でも、中間層の増加とともに、高品質な商品への需要が高まり、産業の高度化が進みつつある。日本全国はもとより、海外にも出向いて大田区企業の売り込みに邁進している同協会海外取引相談員によると、中国の技術者が「日本製は価格が高いのは知っているけれど、高い品質が求められる基幹部品だから」と言い、これまで受注を奪っていた韓国製や中国製などから日本製に戻す動きも一部で出てきているという。大田区の高度なものづくりのDNAが国内外で求められるという第2波が来ているとも強調する。

大田区からは中国やタイを中心に200社以上が海外進出し、工場を構えるなどしている。「海外の日系企業からサプライヤーはできれば日系企業にしたいという引き合いも増えています。また昔は日本で製品開発して海外で生産する流れだったが、近年は現地で開発する動きが加速している。試作で悩んでいるなら気軽に問い合わせて欲しい。大田区企業が応えます」とものづくり連携コーディネーターは呼びかけた。


〈問い合わせ先〉

公益財団法人大田区産業振興協会
ものづくり・イノベーション推進課 ものづくり取引促進担当
東京都大田区南蒲田1-20-20 大田区産業プラザ(PiO)
TEL:03-3733-6126 E-mail:kaigai@pio-ota.jp
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